シャボン玉休憩|ショートショート
会議室には、険悪な空気がふくらんでいた。
非喫煙社員が「喫煙ルームの廃止」を割れそうなほどの大声で訴えていたのだ。
「喫煙ルームなんてあるから生産性が下がるんですよ。タバコを吸う人は一度喫煙ルームに行ったら20分は戻ってきませんよね。こっちは休憩もなく働いているのに……」
「君たちも休憩したらいいではないか、お菓子とか……」
「そういう問題じゃないんです!」
非喫煙社員は机をバンと叩いて喫煙社員を睨みつけた。
「あなたたち、自分が戻ってくる前に仕事押し付けてくるじゃないですか、そのせいで私の仕事が終わらず、休憩どころではありません!」
「しかし、喫煙ルームでの会話が大事なこともある。タバコミュニケーションと言ってね、新しいアイディアが生まれる。会社の発展にも役に……」
喫煙社員の必死の抵抗も、非喫煙社員の怒号で儚く消えた。
「そんなの、ミーティングスペースで話し合えばよほどいいアイディアが浮かぶんじゃないですか?」
「タバコを吸う行為が、頭をリフレッシュさせて大事なんだ」
「そもそも、タバコは健康に悪いです」
「それは今関係ない」
「臭いし、禁煙した方がいいんじゃないですか?」
議論は平行線だ。
議事録係は、堂々めぐりの議論を必死に書き記しながら考えた。
喫煙ルームは、かつて受動喫煙の問題を解決するために設置された。しかし今度は休憩の不平等を生み出してしまう。
喫煙社員、非喫煙社員、お互い不満を持たない方法はないだろうか?
タバコがあるから良くないのでは?
タバコに似た、何か……。
議事録係に、ある考えがふわりと浮かんできた。
「そうだ」
今まで議論していたすべての社員の目が向けられる。
「どうしたんですか?」
「何かいいアイディアがあるというのかね?」
一斉に詰め寄られる。
「あのですね、タバコを吸う代わりに……」
議事録係は、ひと呼吸おいて続けた。
「シャボン玉を吹くというのはいかがでしょうか?」
「はあああ?」
今まで言い争っていた喫煙社員と非喫煙社員の声が重なった。
「ふざけないでよ、真剣な議論の場なんだから」
「わたしたちだってね、喫煙者の権利を守るために必死なんだよ」
意にも介さず、議事録係は立ち上がり、滔々と演説をはじめた。
「タバコの代わりにシャボン玉を吹く。これは、メリットしかありません。まずシャボン玉には臭いどころか石鹸のいい香りがします。肺に害を及ぼすこともありませんので健康的。そして、喫煙ルームをシャボン玉ルームにすれば、非喫煙社員も休憩に使うことができます」
「うーん……言われてみれば、一理ある気がするがね。どうだろう?」
「まあ、一旦やってみればいいんじゃないでしょうか?」
「タバコ休憩ならぬシャボン玉休憩。試してみるか」
次の日から、喫煙ルームは禁煙になった。灰皿の代わりに、シャボン玉液と受け皿、吹き具が置かれた。喫煙社員は抵抗を続けていたが、休憩中に手持ちぶさたになり、結局はシャボン玉を吹かざるを得なかった。
喫煙ルーム、もといシャボン玉ルームで、若い社員がぼやく。
「シャボン玉なんて意味ないっすよ。肺に熱い煙が入ってくるのがいいのに。吸わない人にはわからないんだ」
「全くだ。しかし……シャボン玉なんて久しぶりだな、子どもの時以来だ」
「そういえば……どれだけ大きいのが吹けるか、競争してましたね」
吹き具の先に液を浸し、タバコのようにくわえ、煙を吐くように吹いた。いくつものシャボン玉がぷくぷくと飛び出ていく。
「ナイスシャボン!」
「……ナイスショットみたいに言うんじゃない」
「そういえば部長、最近ゴルフどうっすか」
「最近行けてないなあ」
「じゃあ今週末、行ってみますか?」
「そうだな、久しぶりに行ってみるか」
シャボン玉ルームでは、シャボン玉の大きさで勝負をつけようとする営業、シャボン玉の大きさを上司に遠慮する部下、二人で吹いていたシャボン玉同士がくっついて不意に意識しあってしまう男女……など、さまざまな形の交流が生まれた。
シャボン玉を通じたコミュニケーションが活性化した結果、会社全体の生産性が上がり、それにともなって業績もアップした。この現象は社内で「バブル経済」と呼ばれた。
それを面白く思わないのがライバル会社だ。
「あの会社はどういうわけであんなに調子がいいんだ、ちょっと見てこい」そう命じられたライバル会社の下っ端社員は業者のふりをしてこっそり会社に忍び込んだ。
「こんな視察をして何かわかるものか……」
やさぐれた気持ちでいると、急にタバコが吸いたくなった。
「ま、一服でもするか……」
喫煙室らしきところに入って、驚愕した。
灰皿が置いていない。
部屋全体が、タバコの臭いではなく、石鹸の香りに満たされている。
首を傾げながらも、手持ちのタバコケースを取り出した。
すると、背後から声をかけられる。
「あ……ここ、禁煙ですよ」
振り返ると、この会社の社員が立っていた。
「喫煙ルームなのに?」
「いいえ。ここはシャボン玉ルームです。……ご存知ないということは、他社の方ですね?」
「あっ……あの……」
「まあいいです。シャボン玉をうまく吹ける人に悪い人はいませんから」
にこやかに吹き具を渡されて、仕方なく受け取った。
吹き具の先に液を浸し、タバコのようにくわえ、煙を吐くように吹いた。いくつものシャボン玉がぷくぷくと飛び出ていく。
子どもの頃を思い出した。
吹き具の先からまあるく透き通ったシャボン玉が次々と出てくる。
触れようとすると、パチンと割れてしまう。
シャボン玉が向かうその場所へ、行ってみたいと思った。
未来が、そこにあるような気がした。
しかし、今はどうだ。
上司に命じられるまま、会社の駒として敵情の視察をしている。
シャボン玉の先にある未来って、これだったのか?
そう思うと、ひどく情けなくなった。
「……大丈夫ですか?」
気づいたら、目から涙がこぼれ落ちていた。
「……大丈夫です。忍び込んですみませんでした。失礼します」
それだけ言って、慌てて会社を出た。
自分の会社に戻ると、視察を命じた上司が声をかけてきた。
「おお、どうだ。あの会社に一泡吹かせられそうか?」
「いえ……一泡どころじゃ、ありませんでした」
(了)
読んでいただきありがとうございます。
上記は、「第22回 坊っちゃん文学賞」に挑戦した作品です。
受賞された皆様、最終審査に通過された皆様、大変おめでとうございます!
私自身の結果は残念だったけれども、楽しく物語を生み出すことができ、物語を置く場所があることに感謝いたします。
引き続き公募に挑戦していますが、同時に落選の結果も入ってきています。
生まれてくれた物語にはありがとうとお疲れ様を言いたいです。
次の物語の種にしたり、こうしてnote等に置いていけたらと思います。
引き続きよろしくお願いします。
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