悪口漫才の、優しさを知った日から。
爆風が、吹いた。
「人を傷つけないお笑いって、いいよね。」
「令和は、そういう時代。」
みんな、口を揃えてそんなことを言っていた時だった。
その芸人は、全方位に悪口のマシンガンを撃っていた。観客席、審査員、そしてこのM-1を画面越しに見ている、視聴者に。
2022年のM-1グランプリで、ウエストランドが優勝した時、ネット上、特にTwitter(現:X)では、賛否両論が巻き起こった。
「あんな悪口漫才が優勝するなんて」
「いや、これこそがお笑いなんだ」
「別のコンビが優勝すると思った」
「スカッとした、面白かった」
「子どもが真似しないといいけど」
「あの人が言うから面白いんだ」
「すべてを敵に回してるな」
だが、スクロールしても、スクロールしても、私と同じ感想は見つけられなかった。
私が思ったことは…
「悪口、言えばいうほど、優しくなっちゃう人だな。」
確かに、マシンガンは撃っていた。
だが、私が受けた弾丸は、チョコレートだったのだ。
ウエストランドは、早口の井口浩之さん(以下、井口さんと表記)と、おっとりした雰囲気の河本太さん(以下、河本さんと表記)のコンビだ。
2022年のM-1は、もう2年以上前なのに、二人の漫才がどんなだったのか、今でも鮮明に覚えている。
「あるなしクイズ」という、「〇〇にはあって、△△にはない。□□にはあって、××にはない…」を繰り返していって、何が共通して「ある」のか、を当てるクイズ…を漫才の中でするはずが、回答者の井口さんが回答するたびにいちいち悪口を言うので、クイズがなかなか進まない、そんな内容だった。
「YouTuber…やっぱりウザい!」
「警察に捕まり始めている!」
「皆目見当違い!」
「M-1はウザい!」
毒舌のキラーフレーズで、今まで撃ったことのない方向まで容赦なく、撃つ。審査員も笑いながら下を向いてしまい、それを司会者に指摘されるほどだった。まさに「全員を巻き込む」笑い。
でも、その悪口の隙間から。
井口さんのどうしても隠しきれない優しさが見えてきてしまったのだ。
序盤に、「恋愛映画」についての悪口があった。
冴えない女の子が、王子様系の男子と出会って良い感じになるが、恋敵が出てきても結局結ばれる、そんなストーリーばかりだと主張した上で、こう続けた。
「あとは重い病気になるやつだけ!感動したなあ!違う!悲しいだけだよあんなの!」
笑いどころのはずなのに、優しい人だ、と思ってしまった。
多くのドラマや映画で、登場人物の病気や命の危険は、クライマックスとして「泣ける」シーンとなる。感情移入していたら、自然と涙も流れる。だから、感動と勘違いしてしまう。
それを、感動ではなく「悲しさ」そのものとして捉えてるんだ…きっと、自分の感情に繊細な人なのだ。
言葉のチョイスにも優しさが見えた。
「アイドルにあって俳優にないもの…?向上心!」
そう、食い気味に答えてからアイドルと俳優それぞれをこき下ろす。だが、「野心」ではなく「向上心」という前向きワードのせいで悪口の雰囲気がマイルドになっている。
極め付けは、「M-1がウザい!アナザーストーリーがウザい!泣きながらお母さんに電話するな!」だ。
ここはM-1に対するメタ的発言であり、一番と言っていいほど盛り上がった。私も笑ったが、同時に「お母さん」と言ってることにも思わずほっこりしてしまった。
井口さんの舌鋒鋭いキャラクターからすると、ここは「母親」って言いそうなところだ。それを「お母さん」と言ってしまう。普段の言葉遣いが出ているのだろうか、と想像してしまう。
鋭さの中の、隠し味のような優しさ。
ネットの意見では、優しさに気づいている人は少ない。
「気づいてるのは、もしかして…私だけかもしれない。」
ちょっとしたさみしさと、ちょっとした特別感。
気になりはじめるには、十分な理由だった。
その日から、YouTubeでウエストランドの漫才を見あさった。
二人が所属する事務所の「タイタンライブ」の漫才では、M-1では見られなかったような本領が発揮されていた。「あるなしクイズ」以外にも色んなスタイルがあることも知った。
一番面白いのは井口さんが強く持論を主張し、河本さんが軽く突っ込みながらも観客と一緒になって笑ってしまう瞬間だ。忘れられない「キラーワード」があり、もうそれを聞いただけで幼児がくすぐられたように笑ってしまう。
井口さんの主張は「自身がモテないことへの劣等感」や「イケメンへのひがみ」がベースになっている。それを貫いているのでどんなに毒舌でも嫌な気持ちにならず、むしろ微笑ましい。
ウエストランドのチャンネルに上がっているものは一気に全て見てしまった。
元々お笑いは好きだった。だが、熱狂的なほどではなかった。ラジオだったり、ライブだったり、ハマろうと思えば、いくらでもハマれる方法があるのを知っている。
だが私は、M-1もお風呂休憩を入れながら見て、思い出したようにYouTubeでお笑いを見る、「お笑い好き」と名乗るのがためらうレベルだった。
その中にも、面白いと思う芸人さんはいたし、M-1に出ていたら絶対に期待を寄せて見てしまう漫才はあった。
だが、ウエストランドの漫才は全く違う感覚だった。
何度も見たくなるほどの面白い漫才だ。だがそれ以上に、ウエストランドの漫才は、本音が見える。台本を書いている井口さん自身の、生き方、考え方、哲学のようなものが、どうしても隠しきれずに見えてしまう。作ってるんだろうけど、作ってない。かっこ悪い自分自身さえもさらけ出す。
そこに、コンクリート打ちっぱなしのような、生き様のかっこよさがあった。
そして、その芸風とは裏腹に、井口さんが真面目で謙虚な性格であることを知った。
井口さん単独のYouTubeチャンネルでは定期的にファンへの活動報告を行なっている。M-1優勝時には、自身の優勝について報告した上で、こんなことを話していた。
「こういう芸風なので、ネットで自分たちのことを悪く言う人もいるだろうが、応援してくださる方がそれを気に病む必要はない。」
ファンの心理にまで気にかけてくれるその言葉に、涙ぐんでしまいそうだった。
また、M-1で初出場の芸人に対して井口さんが声をかけてくれたとか、M-1最終決戦に関する説明を井口さんだけが真面目に聞いていたとか、そういった評判を知るたびに、好きになっていった。
そもそも、なぜウエストランドは結成されたのだろう。気になっていくつか調べてみた。すると、こんなインタビューを見つけた。
井口 小学生のときのあだ名が「ツッコミ井口」だったので、同級生が芸人になるって結構珍しいケースだと思うんですが、「あんなに大人しかった奴が、M-1決勝に?」みたいに驚いてる同級生は一人もいないと思います。真面目な奴が公務員になったくらいの感じですね。
「真面目な奴が公務員になった」ぐらいの自然さで芸人になっている。
根っからの芸人なのだ。
その生き様のかっこよさに、痺れてしまう。
同時に、納得した。
生き方そのものが芸人だから、芸にも生き方が見えるのだ。
私は、人間性の芯の部分を知ってから、無理にウエストランドの漫才を追わなくなった。それまで、いくらか不安だったことに気づいた。個々のネタが、面白いかどうか、好みじゃないものもあるのではないか、確かめたくて、たくさん見てしまっていた。
でも、もう今は好きな理由が、確固たるものになった。
何を見ても大丈夫。個々の漫才が自分の笑いのツボと合ってても合ってなくても、大丈夫だと思ったのだ。いつも心の奥底に「好きな芸人」としていて、好きな時に楽しんでいる。いつか、ライブにも行ってみたいという希望もあった。
もっと真剣に追いかけている方からすると、私の「推し方」は弱いかも知れない。
でも、私からすると、れっきとした「推し」で「好きな芸人」だ。
ただ「好きな芸人」としてウエストランドを挙げることは、少しばかりためらいがあった。M-1後のネット上での賛否両論を受け、さまざまな意見があるのかと思われたからだ。
井口さんは自身のチャンネルで「気に病む必要はない。」と話してくださっていた。でも、万が一自分の好みを否定されてしまったら、悲しい気持ちになってしまうんじゃないか。そんな不安から、あまり口には出せずにいた。
だから、YouTubeのウエストランドファンが書き込んだ温かいコメントに癒されながら、隠れ信者のように楽しんでいた。
そんなある日、大学時代の友人と会った。彼女は長年の付き合いでお笑いに詳しい。だから、話しても大丈夫だと思った。私が、ウエストランドが好きなことを告げると、彼女は笑ってこう言った。
「ああ、わかるなぁ。ウエストランド…好きそうだもんね。」
驚いた。そんな「好きそう」に見えていただろうか。
「どの辺で、そう思った?」
「うーん…なんとなく?」
うまく言語化できない、という様子だった。
それでも、新しい視点だった。
「ウエストランドを」好きな理由なら、いくらでも言える。
「私が」ウエストランドを好きな理由、ってなんだろう。
どうして友達には、「好きそう」に見えていたのだろう。
かすかな疑問を持ちながら、過ごしていた。
数年後、私は趣味で、エッセイや小説の創作をするようになっていた。私にも、ありがたいことに感想が届くようになった。
コメント欄に、このようなことを書いていただいた。
私、みゆさんの書く文章はご自身の劣等感との戦いの努力やといつも感じます。だからこそ、共感が多くて人の心を揺さぶって少し懐かしくさせる。
「劣等感」─その言葉に、はっとした。
私もまた、劣等感という「かっこ悪さ」の持ち主なのだ。
美人に生まれなかったこと、運動神経が悪いこと、不器用なこと、要領が掴めないこと…できないことの方が多かった人生。小さい頃から「負け」側で生きてきた。それをあえて文章に表しているつもりはなかった。それでも、読者にはそう伝わっているのだ。
井口さんの叫びが、心の中に反響した。
「お笑いは、今まで何も良いことがなかったやつの復讐劇なんだよ!!」
復讐劇。それは、お笑いだけじゃない。
私は、書くことで「復讐」していたのだ。
あの時、悔しかったこと。
あの日、惨めだったこと。
その記憶を、エッセイや小説に塗り込める。
強い感情であればそれだけ、文章の熱量が増していく。
あの過去に一矢報いてやりたい。
その気持ちが、書く原動力になってきた。
もう既に、知っていたのだ。
どうして「私が」ウエストランドを好きなのか。
ウエストランドは、私にとって希望の星なのだ。
2022年のM-1で、審査員の立川志らくさんはウエストランドにこう声をかけた。
「あなた方は、絶対スターになれます。」
でも、私にとっては。
もう既に、スターになったのだ。
悪口漫才の、優しさを知った、まさにその日から。
(了)
ここまで読んでいただいてありがとうございました。
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大好きなウエストランドについてお話ししました。
本編を通じて、ウエストランドが気になってくださった方に、おすすめの動画を紹介します。
◾️ウエストランド漫才「叶えたい目標」
「〇〇が〇〇たぞ〜!」のワードで笑わずにいられなくなってしまった方、仲間です。
◾️ウエストランド漫才「大人のデート」
M-1で撃っていたマシンガンを全て自分に向けています。
また、ウエストランドが優勝した2022年のM-1は、2025年2月現在時点で、ABEMAプレミアム、Amazon prime Video、Lemio、Netflixで視聴可能です。
<亜麻布みゆのサイトマップはこちら>
過去ウエストランドについて言及していた記事はこちら↓
↑井口さんが「僕」使いであることに心打たれてます(笑)
注目記事に選んでいただきました!ありがとうございます!
皆さんのスキやコメント、大変嬉しいです。
初めましての方からのコメントも歓迎です。
育児、仕事の関係で少々お時間をいただきますがお返事いたします。
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