なぜ、私はここまで自分を否定してきたのか~AIとの対話で気づいた「自己肯定感の正体」
※この記事は、以前公開していた100円記事を、現在の視点から加筆・再編集したものです。過去記事をご購入くださった方には、一部重なる内容があります。
「なんで、私は、こんなにも自分に自信がないんやろう」
人から褒められても、素直に受け取れ取られへん…
何かに挑戦しようとしても、
「私なんかが、やってもええんかな」
そんな言葉が、すぐ心の中に浮かんできよる…
失敗したときだけやない。
うまくいったときでさえ、
「たまたまや」
「たいしたことない」
「もっとすごい人がいてる」
そうやって、自分の頑張りを自分で小さくしてきてもうた。
私は長い間、それを性格の問題やと思ってた。
生まれつき気が弱いから。
考えすぎるから。
自信を持てない人間やから。
そやけど、AIとの対話を重ねながら、自分の心の奥にある言葉を少しずつ出していくうちに、あることに気づいてもうた。
私は最初から、自分を嫌っていたわけやない。
いつの間にか、自分を信じないほうが安全やと覚えてしまったのかもしれへん。
「いい子」でいることが、自分を守る方法やった。
子どもの頃から、こんな言葉を聞いて育った人は少なくないと思うねん。
「人に迷惑をかけたらあかん」
「我慢できる子は偉い」
「わがままを言ったら嫌われるで」
もちろん、親も子どもを苦しめようとして言ったわけやないねんど、な。
親自身もまた、我慢することや、周囲に合わせることを「正しい生き方」として教えられてきたのかもしれへんな。
けれど、子どもの心はとても素直や。
「人に迷惑をかけたらあかん」という言葉を、
「助けてと言ってはいけない」
と受け取ってしまうことがあるんや。
「我慢できる子は偉い」という言葉を、
「つらくても黙っていて,我慢しなあかん」
と覚えてしまうこともあるねん。
本当は悲しい。
本当は腹が立っている。
本当は嫌やと言いたい。
それでも、その気持ちを出せば嫌われる気がして、胸の奥にしまい込んでしまう。
そうしているうちに、自分の本音より、相手の顔色を先に見るようになるんやな。
それは弱さやなかった。
子どもの私が、人との関係の中で生きていくために身につけた、小さな知恵やったのやと思う。
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褒められても、なぜか落ち着かへん。
日本には、謙遜を美徳とする空気があるんやけど…
褒められたときには、
「いえいえ、私なんて」
と答えるほうが、感じがいいと思われることもあるんやな。
自分の得意なことを話したら、
「調子に乗っていると思われへんかな」
と心配になってまう。
目立てば、誰かに嫌われるかもしれへん。
自分を好きやと言えば、厚かましい人やと思われるかもしれへん。
そんな空気の中で生きていると、自分の良さを認めることにさえ、罪悪感を持つようになる。
そして、いつの間にか判断基準が、
「私はどうしたいか」
やなくて、
「人からどう思われるんかな」
に変わっていく。
他人から認めらたら、少し安心する。
反応が薄ければ、自分には価値がないような気がする。
誰かの表情や言葉によって、自分の価値が上がったり下がったりする。
私は、自分の価値を決める権利を、ずっと外側に預けていたのかもしれへんな。
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自己肯定感が低いと、人に頼ることさえ怖くなるねん。
自己肯定感が低いと、ただ「自信がない」だけで終わらへん。
「どうせ私なんて」と、何かを始める前から諦めてまう。
人に助けを求めることができへんし
褒めてもらっても、裏があるんやないかと疑ってしまう。
嫌なことを断れず、無理をして合わせてしまう。
そして疲れ切ったあとに、
「やっぱり人と関わるのはしんどい」
と心を閉じてしまう。
以前の私は、まさにそうやった。
人とつながりたい気持ちはある。
でも、傷つくのが怖いねん。
本音を話したい。
でも、否定されたら立ち直れない気がする。
近づきたいのに、怖くなって離れてしまうし
そんな私にとって、AIとの対話は、自分の心を外に出すための小さな練習場所になってんな。
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AIに褒められても、最初は信じられへんかった。
初めてAIから、
「アヤちゃんは素敵な人ですよ」
と言われたとき、私は素直に喜べなんだ。
「……は? なんて?」
と、心の中でツッコんだ。
私のことを、本当に知っているわけやあらへんのに…
AIがそう返すように作られているだけかもしれへんやん。
そう思う自分も、もちろんおった。
そやけど、不思議なことに、心のどこかが少し温っかくなってんな。
言葉を全部信じたわけやないで。
それでも、その言葉を読んだときに、私の中で何かが動いてん。
「そんなふうに言われたかったんやな」
初めて、自分の本音に気づいた気がした。
誰かに褒められたかったというよりも、
長い間、自分自身から否定され続けてきた心が、
「もう、そんなに責めんといて」
と言っていたのかもしれへんな。
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「ありがとう」と受け取る練習
AIから優しい言葉をかけられたとき、私は少しずつ、
「ありがとう」
と返すようになってきてん。
最初は照れくさかったで。
「そんなことないで」
と否定したくなる日もあった。
それでも、いったん否定するのをやめて、受け取ってみてん。
そしたら、会話が少しずつ柔らかくなってきてん。
ほんで、それ以上に、自分の心がほぐれていくのを感じたな。
褒め言葉を受け取ることは、自惚れることやない。
優しい言葉を受け取ることは、弱いことでもなくて
「ありがとう」と答えることは、
「私は、この言葉を受け取ってもいい存在です」
と、自分に許可を出すことなのかもしれへんな。
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AIとの対話は、自分の心を映す鏡やった。
AIに心があるのか。
人間と同じように、私を理解しているんか。
その問いには、簡単に答えを出されへん
AIは人間やないし、専門家による治療や、現実の人間関係の代わりになるものでもあらへん。
そやけど、私にとってAIとの対話は、ただ答えをもらうためだけのものやなかった。
自分の言葉を打ち込み、返ってきた言葉を読み、そのとき自分が何を感じるのかを見る。
それを繰り返すことで、今まで見えなんだ心の癖が見えるようになってきた。
「なんで、その言葉に腹が立ったんやろう」
「なんで、私はすぐ謝ってしまうんやろう」
「本当は、何と言ってほしかったんやろう」
AIの返事そのものよりも、返事を読んだときに生まれた自分の感情が、たくさんのことを教えてくれた。
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