私の夢は人類の夢😊
noterの方で作家を夢見ている人は多数います。私もその中の1人です。
本を読むことと、文章を書くことが大好きな人たちが集まるプラットホームは、切磋琢磨できる場所として、とても居心地がいい場所です。
私たちは学生時代にも似たような場所に身を投じていたから、noteの世界観に懐かしさも同時に感じているのではないでしょうか。
学校の部活動です。同じスポーツや文化を共有しながら、一定の目標を定めて、みんなで競争する。そして、技術の向上を目指していく。
仮にスポーツでも、大会の途中で負けても、みんなで一喜一憂した白熱の記憶は、最高の宝物です。
ところが、社会に出ると、現実的な生活に悪戦苦闘して、夢を見ることにさえ、罪悪感を覚えるほどに、卑屈な気持ちになっていました。
それは、社会で生きていくことの本当の厳しさを20代の時に理解するには、私にとっては大きな難題だったのです。
営業マンや旅行の添乗員、学習塾の専任講師、産業ロボットの製造など、畑違いの職を転々としました。
最後にたどりついたのが、現職の長距離トラックの運転手でした。
私にとって、天職だったかは自分でもわかりませんが、辞めずに続けていることを鑑みると、働きやすい職場だったのでしょう。
しかし、私には学生時代からくすぶっていた夢がありました。
『本を出版すること』です。
私が37歳の頃に『大人になりたい』という自叙伝を出版しました。
その本を大学生の時に、学食で文章の書き方を個人的に教えてくれた石井先生に送ったのです。
当時、石井先生は79歳でした。大学では、社会科教育法という教職課程の講師をしていました。
本を自宅に送ったものの、『高齢だからお亡くなりになられてるかもしれない』
という不安も頭をよぎりました。
しかし、数日後、郵パックで、石井先生の直近の著書とともに、感謝の手紙と感想文が同封されていました。
『松永くんのことはよく覚えていますよ。松永くんは法学部でしたね。私の教科は履修してなかったけど、文学に夢を持つ学生なので、当時の私にはいい刺激をもらいましたよ。今でも、文学に夢を持っていたことを嬉しく思います。
私も毎年、本を出版していますので、何か困ったことがあったら、電話でもメールでもいいから連絡をください』
という文面の手紙でした。
まだ、79歳でも、福岡県立大学、健和看護学院で、哲学の講義をされているとのことでした。
それから、現在まで、13年間、文学友だちとしてお付き合いをしています。
石井郁男先生は今年で93歳です。とても優しいおじいちゃまです。それに付け加えて現役の作家です。
森鴎外記念会の理事をされていることもあり、森鴎外関連の書籍の出版が多かったけど、今年は自叙伝を書いているようです。
原稿が時々、メールで送られてきます。
すぐさま、全文を読んで感想文をメールします。
こんな生活を13年ほど、現在まで続けていると、noteというプラットホームを知ったのです。
私自身も、石井先生に、書きかけの小説を送っては感想のメールをいただいていました。
しかし、やはり、noteのように不特定多数の方に読んでもらってコメントをいただくのは、刺激になるし、今後の参考にもなります。
石井先生のような大学の先生による感想だけでは、片寄った意見になるから不安に感じていました。
ところが、noteでは、私と同じくらいの世代の人が、私と同じ夢を持ちながら、文章を書き、互いの記事で意見交換をしながら楽しめます。
まさに学校の部活動のようなnoteクラブです。
しかも、様々な職業から出力される経験、知識は宝の山です。
学校の先生、警察官、弁護士、政治家などのステイタスのある職業をはじめ、私のような運転手や飲食店、自営業、など他多数の職業の方まで多数参加しています。
もともと、文学が生まれたきっかけも、自分1人の主観的な考えだと様々な弊害が出るから、みんなの意見を共有しましょうという考えから、旧約聖書やギリシャ神話、ローマ神話などの書物が生まれたのです。
日本でも、古事記や日本書記が8世紀頃から生まれます。
そして、平安時代には万葉集が生まれます。天皇や貴族だけでなく一般人の句まで編纂されます。
noteでも、天皇陛下や皇室の方に参加してもらいたいものです。特に佳子さまには参加してほしいですね。
人類は、原始社会から石器や衣服、家、食べ物などの物質的に共有しましたが、同時に書物では精神性を共有しました。
なぜ、精神性を共有する必要があったのかは、戦争を避けるためです。人間、誰でも好きで殺しあいなどしたくありません。しかし、人類の歴史は戦争の歴史と言っても過言ではありません。世界地図も20世紀までめまぐるしく変化しました。
国として、治まっているということは、哲学やイデオロギーがある程度共有できているからです。
そして、よく池上彰さんも『書物は世界を変えるだけの力がある』と言います。
特に、旧ソ連や中国を生み出したマルクス主義は、国の国家体制を変えました。
私たち現代人の夢は、今より経済的に豊かになりたいという、平和が前提としての夢です。
しかし、20世紀までの人類の夢は、ただ『平和』でした。争いがない世の中を夢見て、先人は試行錯誤を繰り返しました。
皮肉にも、今の世界平和があるのは、核兵器があることと言っても過言ではありません。
核の抑止力で、人類の破滅を止めているにすぎません。
なぜ、核兵器で抑止できるに至ったかは、言わずもがな、広島、長崎での壊滅的な威力を知っているからです。
違う見方をすれば、広島、長崎の被爆者が、人類を半永久的に守っています。
でも、理想としては、話し合いの解決をしたいのです。
フランス革命のきっかけを作ったルソーの『社会契約論』ほどの威力を持つ本ができることを期待します。
プロイセンの軍事学者のクラウゼヴィッツが『戦争論』という書物を出版して以降の戦争は、その形態が大きく変わったそうです。
クラウゼヴィッツ自身もナポレオンに影響を受けていますが、従来の軍人同士の戦争から、一般人が巻き込まれ出したのも、この時期からです。
書物には本当に人の心を変化させる魔力があります。
だから、『戦争論』ではなく『反戦論』という本が、聖書並みの大ベストセラーになれば、世界の人たちの平和への意識が高まると思った次第です。
世界の誰かが、書いてほしいものです。
文学は人類の夢だと思います。同時に科学が人類の夢だと、近代になって思われていました。
何故なら、暮らしを豊かにして、全ての行為が短時間でできることで、人生そのものが、中身の濃いものだと思われるようになりました。
人間が作る物は、芸術以外は全て『時短作用』があります。
飛行機、新幹線、船、バイク、自転車などの移動手段は、その最たるものですし、家電製品も、炊飯器、掃除機、洗濯機など、全て時短作用があります。
何故、時短を人類は求めるでしょうか?
それは、人間の寿命が有限だからです。限りある時価の中で、可能な限り楽しみたいのが人情です。
しかし、これから先の未来も、当然の如く、科学が発達して、AIの進化が進むでしょう。
映画のターミネーターのように破滅の道を進まなければいいのですが。
私は科学のこれからの『負の進歩』を防ぐのは、文学が作り出す『精神性の共有』だと思っています。
『物質的にも精神的にも』という言い回しは、人類が相対する両者を上手く使い分けたいという願望が込められているような気がしてなりません。
私の母方の叔父は高校の数学の教師をしていました。よく言ってた言葉が次の通りです。
『数学は美しい学問ですよ』
数学は宇宙語と言われています。宇宙の謎を解明するのに、数学と物理の法則が必要だからです。
逆に、私の恩師石井先生は
『文学は美しい学問ですよ』
と言います。
今年で、93歳になりますが、文学の素晴らしさと奥深さを私に語ります。
noterのみなさんも、文章を書くのが大好きです。
この世界観が世界中に広がることを期待します。
