旅の記憶と、映画『ひつじ探偵団』
「どうしよう」
「あのサイズはやばいかも」
「ゲームのラスボス的シルエットだよね」
冗談めかした会話で内心の不安をごまかしながら、私たち女性4人は足を止めていた。ずいぶん昔だが、ニュージーランド北島の、小さな田舎町でのこと。
レストランでの食事を終え、歩いて20分ほどの宿へ戻る途中だった。街灯もろくにない夜道、10数メートルほど先に見えた、1頭のやたらと大きな羊のシルエット。放し飼いなのか、はぐれたのか、狭い道の真ん中で、デーンと微動だにせず立ちはだかっている。宿に戻るには、あの真横をすり抜けるしかない。相手はベジタリアンなのだから、襲われる心配はないはず。でも体当たりされたり、蹴られたりしたら…。普段ペット以外の動物と接する機会のない私たちは、想像をたくましくしていた。
その膠着状態を破ったのが、どこからともなく現れたご機嫌なゴールデンレトリーバーだった。犬は羊を遊びに誘うかのようにじゃれついて走り回って、羊も犬を追うようにして、揃って去って行った。
私たちはホッとしつつ、また羊が戻って来ないうちにと、急いで宿に帰った。宿に着いて、緊張が解けたためか4人とも笑い出した。
暗い夜道で唐突に出会うのは避けたいけれど、基本的に羊には穏やかで優しいイメージを抱いている。友人に勧められて観た『ひつじ探偵団』に出てくるのも、そんな気のいい愛すべきひつじ達だ。私はコメディはあまり観ないので、友人に勧められたときも「う~ん」という感じだった。可愛さが売りの動物コメディかと思いきや、観始めたらいつの間にか、しっかりと物語に引き込まれてしまっていた。
舞台はイギリスの田舎町。ひつじ飼いのジョージは、毎晩、愛するひつじたちに探偵小説を読み聞かせている。ひつじ達が物語を理解し、その時間を心待ちにしていることなど知る由もないまま。ある日、そのやさしいジョージが死体で発見される。事故とは思えないひつじ達は、最も賢いひつじのリリーを中心に、犯人探しを始める、という物語。
映画の中のひつじ達は、嫌な事を忘れる能力を持っている。「1,2,3」の合図で、悲しい事も辛い事もきれいさっぱり忘れて心の安定を保つのだ。けれど、抜群の記憶力を持つモップルだけは違う。彼は忘れることができず、全てを憶えている。
リリーに「あなたは独りでずっと抱えてたのね」と言われ、モップルは静かに答える。
「悪いことを全部覚えてる でも いいことも覚えてるよ 母さんの顔を覚えてる 僕を愛してくれた昔の仲間も」
忘れてしまったほうが、都合の良いことだってあるし、楽になれることもあるものだ。
けれど、何もかもを忘れてしまったら、なかった事にしてしまったら。モップルの言うところの、「臆病なひつじ」のままかもしれない。歴史修正という言葉が思い浮かんでしまったけれど、失敗も痛みもそのすべてが自分や社会の歴史だ。
ジョージを演じるヒュー・ジャックマンの、ひつじ達に深い愛情を注ぐ静かで温かな存在感も素晴らしい。一番賢いひつじ、リリーの名前の由来を知ったとき、物語はまた違った温度を感じさせてくれた。
ニュージーランドのあの夜道での出来事も、私にとって忘れられない旅の記憶だ。
「1、2、3」でリセットできない私たちは、モップルのようにすべてを抱えて生きていくしかない。
途中で思い悩んだり怖じ気付いたりして、立ち止まることがあっても、物語はこれからも静かに続いていく。
