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愛の巡礼⭐︎歌も踊りも演劇も

この記事は2025年9月4日にアメブロに書いたもの
2025年お芝居に初めて出た時のことを書いてます。
noteにも残しておきたくて、少し加筆、修正してこちらにも掲載します。


ずいぶん前の話になるんですが。。。
5月にHuman Art Thiater主催の

演劇プログラム
PREMIUM THEATER #23
に出演させていただきました。

初めてのお芝居でしたが
二つの作品に出させていただきました。

脚本・演出の工藤龍生氏の演劇メソッドは
合気道の心身統一をベースにしたもので
心と体を一つにすることで
より自然な動きやインスピレーションのもと
演技できるようになっています。

20代は歌いながら
頭を切り取ってしまいたい
そんなことをよく思っていた私ですが、

今思えば『自我』が邪魔だったんですね。

よく思われたい
失敗したくない
あーでもない
こーでもないと
余計なことに気を取られ

怖くなって
不安になって
表現に没頭できない
そんな自分を感じていたのですね。

中学生の頃から
ずっとバンドで歌いたいと思っていて
なかなか叶わず
大学生のときにバンドで歌い始めることになったのですが、

初めは歌える歓びでいっぱいで
歌えていればそれでいい
そう思って歌っていました。

ていうか、そんな事さえ
思いもせずに歌っていたな。

どうやら私が初めて入ったバンドは
メンバーも技術的にはうまくはなくて
しかも初ライブは
学校祭のメインステージには出れない人が
演奏するお客様もまばらな場末?の場所。

でも、
私には関係なく
嬉しくて嬉しくて仕方がなかった
歌うことがただただ楽しくて
もっともっと歌いたくて。

そういう時って
心と身体は分離してなかったんだなと
今は思います。

生命(いのち)の歓びを
私全部で表現してたんでしょうねぇ☺️


そういう状態だったから
なぜだか、当時たまたまその場を通りかかった
元夫が感銘を受けてくれたようで
(元夫は長年バンドをやっていて、ちょうど女性ボーカルを探してた)
声を掛けてくれた。
そして自分のバンドにと誘ってくれたのでした。


後から聞くと、バックの演奏もズタズタ、
あの状況であんな嬉しそうに歌えるやつは
そうそういない
それがすごいと思って誘ったと言ってくれました。

でも、それが、いつの間にか

ボーカルはこうではならぬ
デビューするにはこうであるべき
あの人は私よりももっと上手い、
高い声が出る
音を外してはならぬ

自分はだめだ
歌詞が書けないと
曲が書けないと
お客様をもっと呼ばないと
MCでもっといい事いわなきゃ。。。

そうでなきゃ成功できない。。。

そういうものに
がんじがらめになってしまい
歌うことが苦しくなってしまいました。

元々の容姿コンプレックスも
さらにひどくなりました。

東京で活動してた私は
比べるものなんて死ぬほどある。

プロはもちろん、アマチュアであっても、
他のシンガーを見るたびに
どこににも勝ち目がないし、
今からやったって追いつけないし追い越せない。

そんなネガティブな気持ちで
とうとう、歌うことをやめたくもなりました。

そういうことに打ち勝っていかないと成功できない。
そう思えば思うほど苦しくなり

であれば、歌う資格なんてないんだよな。
とまで思うようになりました。
きっとそうまでしてやりたいわけじゃないんだな。

誰かに何かを言われてるわけではないのに
いつも自分で自分をいつも責めていて
いつの間にか、デビューすることが目的だったり
素晴らしいと言われることが目的になって
そもそも歌うことの歓びを忘れてしまったのですね
(よくある話でしょう)

音が正確に取れたらいいし
高い声もでたらいいし
歌詞も曲もかけたらいい
見た目も磨けばいい。

今思えば
私が間違っていたのは

それらができるできないと
自分の存在価値をくっつけていて
それができないと存在する価値がない
そのくらいに思ってしまったんですね。

それが、いらない『自我』であり

私はそれを
潜在意識の学びの中で気づき
手放していきました。

今は、身体への感覚を
強くしていく(右脳優位)なかで
過剰な左脳(自我)を弱めていく

そんなアプローチもしていています。

歌も1曲歌わせていただきました


ただただ
生命の歓びを表現したい
から

いつのまにか
『自分の存在価値の証明』のために生きるようになっていたのだなと。

そして
これは歌に限らず
ビジネスでも恋愛でも発動し
いつも自分には価値がない
価値を感じるためにはどうしたらいいかがベースに無意識に生きていました。

私は美大も出てますが
美大に通ってる間は
表現についてはよくわかりませんでした。

逆に通う間に
私には何もない
私にはこの世界には向かない
って思いを強くしました。

でも、苦しかったけど、
どうしても湧き上がる表現欲求があり

人生を通しての探究テーマが
『表現』することなっていったなと思います。

人はなぜ表現するのか?
したいのか?
表現欲求って何か?

なーんてことをいろいろ考えるようになりました。

で、その答えは
14年前ボイトレ教室を立ち上げた時に

すでにそれを書いていて
さらに探究が深まった今も
基本的に思ってることは変わりません

2011年ごろ最初に書いた文章は削除してますが
2017年リライトしたものがこれ


ー以下抜粋ー

表現とは様々です。
それはもしかしたら、

奇跡のリンゴを作る事かもしれない、

コーヒーのいれ方を追求する事かもしれない、

美味しい焼き菓子を創る事かもしれない、

好きな服をきる事かもしれない、

細胞の研究かもしれない、

徹底した家事かもしれない、

会社を作り雇用を生むことかもしれない。


実に様々だと思っていて、それぞれすばらしい表現だと思っています。
あなたの中からわき起こるエネルギー、これに従って生きることは、
自分だけではなく、周りの人をも幸せにして行くのです。 

そんな中、
その表現方法として最も身近なのが「声を使う」という事。

自分の事を話す、愛してると伝える、ありがとう、
ごめんなさい、こうしたい、これは嫌だと伝える。
全てが自分を表現する事だなと思っています。

そして、それは夢を叶えるとても大切な手段です。

皆様の内にあるその思いは必ず外へ発せられる事により
形(現実)になるのだとおもいます。
誰にも伝えずにして、その夢を掴むことはできません。

人は一人では生きていないのですから。 

表現することは
誰かと関係していくこということ。

これが、みなさまの人生にどれだけの豊かさをもたらすか!

こころがつながるコミュニケーション。 
こころが満たされるコミュニケーション。
これを感じて欲しいなぁと思っています。

ー抜粋終わりー


今はさらに
歌も踊りも演劇も
自分に繋がるツールだと思っています。
しかもね、自分の生命=魂と繋がるツール。

表現することで自分を知り
表現すればするほど
自分の魂と繋がっていける。

さらに魂は
この世界の源のエネルギー(愛)にも繋がってる。

だから、歌も踊りも演劇も
この世界の愛にたどり着く
愛の巡礼の行為だなと思います。

演劇のお稽古期間も

演劇というやったことのない表現に触れ
たくさんのことを感じさせていただき、

また自分への理解と
この世界への理解が深まりました。

そして、そうすることで
今の私のできる限りで
表現できたかなと思います。

2025年0月25日、26日も
PREMIUM THEATER #26
前回の『星降る山のふもとで』のほか
別の作品に出演させていただきます。

今度はどんな自分に出会い
どんな表現ができるかな。

もう、ほんと、
心と身体と
意識と、表現と
この世界の真理

そして、
それらを日常に落とし込んで
ただ日常を生きるということ

それが私という
生命がやりたいこと。

そんな毎日を送れて
幸せしかないのです。


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