【掌編小説】|引っ越してきた猫
ピンポ〜ン
玄関のチャイムが鳴った。
モニターを見ると、そこには猫が立っていた。
「はい」
「わたくし、お隣に引っ越してきた猫というものでやんす」
「はあ」
「引っ越しのご挨拶にきたでやんす」
ずいぶんと変な言葉を使う猫だ。
ガチャリと、扉を開けた。

丸い顔を少しだけ上げて、やけに丁寧に頭を下げる。
「お忙しいところ、申し訳ないでやんす。わたくし、猫と申します。よろしゅーたのんます」
「はあ」
「これ、粗品でやんす」
「ありがとうございます」
そう言うと、猫は立ち去ろうとしたが、急に何かを思い出したように振り返った。
「あ、言い忘れたでやんす。わたくし、お庭でお魚を焼くでやんす。煙でご迷惑をおかけするかもしれないでやんす」
「はあ」
猫は、またぺこりと頭を下げて帰っていった。
粗品は、猫のマークが付いているタオルだった。
翌日。
さっそく、焦げ臭い匂いがした。
窓から、お隣を見ると、昨日の猫が魚を七輪で焼いていた。
白い煙が、ゆっくりとこちらに流れてくる。
ごほっ、ごほっ!
思わず、窓を閉めた。
「毎日こうなるのか.....」
ピンポ~ン
しばらくすると、玄関のチャイムが鳴った。
「はい」
モニターには、昨日の猫が写っている。
ガチャリと、扉を開けた。

「こんばんは。お隣の猫でやんす」
猫は魚を持っていた。
「お魚を焼いたでやんす。秋刀魚でやんす。お裾分けでやんす」
「ありがとうございます」
煙で迷惑をかけてるから、気を遣ってもってきたのであろうか。
猫は立ち去ろうとしたが、急に何かを思い出したように振り返った。
「そういえば、お塩は控えめにしてあるでやんす。わたくし、実は血圧が高くて、塩分を控えるように言われてるでやんす」
「はあ」
そう言うと、猫は帰っていった。
そういえば、夕飯の食材がない。
私は秋刀魚と、ビールを飲んだ。
秋刀魚は美味かったが、塩加減が薄かった。
土曜日の夜。
今日は暑い。まさに熱帯夜だ。
エアコンの効いた部屋にいても、外の暑さが、窓の向こうに張りついているようだった。
ピンポ~ン
チャイムが鳴った。
モニターには、またあの猫が写っている。
また魚だろうか?
ガチャリと扉を開けた。

「こんばんは。お隣の猫でやんす」
「はあ」
「今晩は、花火があがるでやんす。よければ、うちの庭で、ご一緒に鑑賞するのはどうでやんすか」
そういえば、今日は花火大会だった。
特に予定はない。花火は好きだ。
少し迷ったが、私は行くことにした。
「では、いつでもよいので、お庭に来てくれでやんす」
猫は、立ち去ろうとしたが、急に何かを思い出したように振り返った。
「そういえば、このおビール。差し上げるでやんす。実はわたくし、肝臓の数値が高くて、今は飲めないでやんす」
「ありがとうございます」
「では、お待ち申し上げているでやんす」
そう言うと、猫は帰っていった。
30分後。
お隣の庭に向かう。
先ほどから「ドンッ、ドンッ」と、既に花火の音がしている。
庭には猫たちが集まっていた。
縁側には枝豆と皿が並び、庭の隅では、白い煙がゆらゆらと立ちのぼっていた。

「あ、来てくれたでやんすね。ささ、適当に掛けてくれでやんす」
なぜか、手にはビールを持っている。
他の猫たちは、私が来たことを特に気にしていない様子だった。
「もうすぐ、秋刀魚が焼けるでやんす」
「ありがとございます」
「そういえば、昨日の秋刀魚の塩加減はどうだったでやんすか」
薄かったが、特にそのことは伝えなかった。
「美味しかったです」
「それはよかったでやんす」
私は、それから特に猫たちとは会話せず、一人で花火を見た。
夜空に、大きな花が開く。
少し遅れて、胸の奥に音が響く。
ドンッ。
また一つ、花火が上がった。
綺麗だった。
秋刀魚は、やっぱり塩加減が薄かった。
「たまや〜、かぎや〜」
茶トラの猫が、楽しそうに叫んだ。
その声に、ほかの猫たちが小さく笑った。
私はビールを一口飲んだ。
ぬるくなりかけていたが、不思議と悪くなかった。
それから1時間くらいして、私は帰ることにした。
「ごちそうさまでした」
「もうお帰りでやんすか」
「はい」
「おやすみなさい」
「おやすみでやんす」
玄関へ戻る途中、背中のほうで、また花火が鳴った。
振り返ると、猫たちはまだ空を見上げていた。
その丸い後ろ姿が、少しだけ楽しそうに見えた。
翌日。
不思議なお隣さんができたと思った。
煙は少し迷惑だ。
言葉遣いも変だ。
塩加減も薄い。
それでも私は、玄関のほうをちらりと見た。
また、あのチャイムが鳴るのを、少しだけ待っている自分がいた。
悪くないお隣さんが来たのかもしれない。

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