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 残月 第30番 #百人百色

有明のつれなく見えし別れより暁ばかり憂きものはなし

《現代語意訳》
夜明けに残る有明の月がそっけなく見えた。あなたに追い返され会えなかったその別れ以来、暁ほどつらいものはない。

壬生忠岑(30番)古今集


(本文961文字)

 ドアチャイムを無造作に押そうとした指を寸前のところで男は止めた。

 その指をジャケットの内側に滑り込ませ、紙片を一枚取り出す。暫く眺めてはまた内ポケットへ戻した。

 その部屋の扉を背にして寄りかかる。音をたてないように。
そのまま腰を下し座り込んだ。頭が扉にあたり、コンと音がする。男は唇を噛み息を潜め自分を隠した。幸いに内から扉に近づく気配は感じない。

 内ポケットが震える。男は利き手と反対の指でスマートフォンを取り出す。メッセージが一通届いている。

>来ないでっていったでしょ

≫行ってないよ

>わかってるわよ、来てること

≫見てたのか

>わかるのよ

≫誰かいるんだろう

>いないよ

≫どちらでもいい 会えないのは一緒だ

>そう、もう来ないで

≫渡したいものがあったんだ ロビーのポストに入れとくよ

>いらない そのまま帰って

≫じゃあな 待ってるよ

>何を待つのよ 待たないでよ お願い そのまま帰ってよ

 男はスマートフォンを戻し立ち上がる。幸いに誰も通らないマンションの廊下を歩きエレベーターのボタンを指先で無造作に押す。ジャケットの内側が数回震えるが男はそのまま籠のなかに乗り込んだ。

 エントランスロビーのポストの前に立つ。部屋の番号を確認し、内ポケットから紙片を取り出す。また暫く眺めたあと、男はそれを放り込んだ。

 エントランスを出ると夜が終わろうとしていた。
 男は天を見上げる。白む空のそこにはまだ月がいた。

 マンションを振り返ることなく歩き出す。内ポケットが一度震えた。

 肌寒さに肩をすくめながら男は歩き出す。マンションが見えなくなる角を曲ったとき、腰のあたりに重い感触が突然はしる。

 手で押さえると掌は暖かだ。背後で荒い息遣いが聞こえる。男はその場に静かにしゃがみ込み、そして音もなく仰向けに倒れ込んだ。

 眼の端に走り去る男の後ろ姿を捉えたが、そんなことはどうでもよかった。

 赤く染まる手でスマートフォンを取り出す。未読のメッセージを開き、男はふっと笑った。

 何も遮るものがない天が拡がっている。さっき見上げた月がまだ白く霞んでいた。
 最後に見るものがあれでよかったのか? 男はもう一度、力なく笑った。


>ねえ、早くここから出て

>ダメだよ、あいつに見つかったら 殺されちゃうよ

>なによこれ、飛行機のチケット 今日じゃん

>大丈夫? ねえ返事して

>行くよ、待ってて 必ず行くから


 完



有明のつれなく見えし別れより暁ばかり憂きものはなし 画 カンナ|をかし探究隊隊長
カンナさんの前に使わせて頂いていた写真。これも素敵 Hana父さん

ノー・ノー・ボーイ (1970)
かまやつ ひろし / 福澤 エミ

 かまやつひろしさんは、父にジャズ歌手であるティー ブ・釜萢(かまやつ)さん、従妹が歌手の森山良子さん、従甥に森山直太朗さんがおられます。
 ザ・スパイダースで私の少年期から多大な影響を与えていただき、彼がお亡くなりになったあとも尊敬し憧れるアーティスト、グループであり続けています。

 デュエットの福澤エミさんもアーティストであり、福澤諭吉の曾孫にあたられる方です。彼女の実兄は福澤幸雄氏でレーシングドライバーであり実業家でありファッションモデルであるというカッコイイ方でしたが、トヨタのレーシングカーのテスト走行中に事故死、25歳の若さでした。
かまやつさんとは親友であり、そのご縁でエミさんとの音楽活動も始まったようです。ムッシュかまやつさんと幸雄さんは同世代の著名人たちにとても大きな影響を与えたお二人であったと聞きます。

 この曲はかまやつさん作曲のスパイダース時代の名曲をリメイクして発表されました。かまやつさんの感性が生み出したこの曲、1960年代にこんなメロディとコード進行を持った日本の曲は稀有だったと思います。けだるくも今も心に残ります。

南佳孝さんのボサノバアレンジのカバーも、とてもとても素敵です。ぜひご視聴を。


三羽 烏さんの百人百色の企画に参加させていただきました。
私は第30番です。

素晴らしい企画に参加させていただきありがとうございます。
三羽さんのご体調が戻られることを心からお祈り申し上げます。

カンナ|をかし探究隊隊長さんに絵を描いていただきました。
とても素敵な作品をありがとうございました。
この御礼は改めて作品にて。




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