私の第二のお父さん
서울 아빠
私には서울 아빠(ソウルのお父さん)と呼ぶ人がいる。
読んでそのままなんだけど、韓国のソウルに住んでいる父のような存在の人。
アッパは実父よりも10歳ほど上。
ソウル大学卒で、兵役時は空軍だったと何度か聞いた。
そのためか今でも英語が堪能で、たまにドイツ語や片言の日本語と中国語も話す。
アッパは歴史や宇宙の話もしてくれる。
歴史は韓国だけでなく、日本の歴史も中国の歴史もよく知っているみたいで、歴史が好きな私にカフェで何時間でも話してくれた。
宇宙の話も(時々難しいことも言うから意味不明なこともあるけどw)知っていることをいくつも教えてくれた。
そして本当に父親の様に、度々人生についてアドバイスもしてくれた。
将来はどうしたいんだ?
結婚する気はあるのか?
日本ではどう過ごしているのか?
そう言って私の悩みなども聞いてくれた。
♧♧♧
アッパとの出会い
アッパとの出会いは、私が韓国の語学堂に通っている時にお世話になったワンルームマンションのオーナー。
(※韓国では日本とは逆で、マンションをアパートと呼びます。なのでここでのマンションとはアパートのようなもの)
仲介してくれたのは私の(韓国人)友達のお母さん。
初めて会った時は、初級に毛が生えたくらいの語学力だったから意思疎通なんて全くできなくて、しかも韓国の賃貸事情は日本とは違ったのでとても大変だった。
↓下参照
留学前にもワンルームについて調べてはいたんだけど、一番最初に驚いたのが保証金の額が大きいこと。
日本の様に家賃2~3か月分とかのはなしではない。
部屋探ししてみると、保証金₩500万~₩1,000万。
(※レート換算次第だけど50万~100万前後)
は?え?いくら退去時に返ってくるとはいえ、いい金額。( ゚Д゚)
そもそも留学中で仕事もアルバイトも何もしていない状況での必要経費。
学費、生活費、国保などを除いた中での遣り繰りを考えると保証金をどうするかは重要だった。
何度かの交渉の末、日本並みの保証金にしてもらい、そのかわり家賃も日本並みになった。
保証金の額によって家賃の金額が変わるので仕方ないけど。
その時はアルバイト先も決まっていなかったし、自由に使えるお金を多くしておきたかったのでその選択しかなかった。
♧♧♧
アッパのいる日常
引っ越しは学校が終わってから少しづつバスに乗って荷物を運んだ。
最終日には友達と、スタディーの勉強仲間が車を出して手伝ってくれた。
契約して引っ越しもして新しい生活が始まった。
アッパとは引っ越ししてからも、挨拶を交わすくらいだった。
これが一か月、2か月と過ぎて3か月目にもなれば簡単な会話をするようになり、それに伴いコーヒー飲みにいくか?と誘われるようになった。
部屋でオンライン授業を受けている時に「계세요?」×2
そういって部屋のドアをノックしてくれるアッパ。
(アッパ。。。。。。今授業中だよ。。。;つД`))
オフラインの時も学校から帰って宿題をしていると
コンコン。「계세요?」×2
ドアを開けるとにこにこ笑顔で「커피 한 잔 할까?」
そう言って声をかけてくれる。
時にはご飯食べたか?っていって、キンパを買って食べさせてくれる。
友達と部屋で勉強していると、友達も一緒にコーヒーどうだ?って誘ってくれる。
時には焼肉やスープのお店も連れて行ってくれる。
日本人の借主が私が初めてで、嬉しいっていってくれた。
日本で仕事で滞在してた時の話も何度もしてくれた。
でも決して無理やり誘ったりしてくるわけでもなく、断ればまた次に行こうという。
ただ時間がある時は誘ってくれる。

その前にカフェで撮った写真
私の韓国語がどれだけ下手でも、聞き取れなくても、ただ一緒に話してるのが嬉しいのだという感じだった( *´艸`)
そんな毎日が一年続いた。
幸せだった。
思い出すと、あの日々が私の宝物で少し涙がでる。
♧♧♧
帰国前
語学堂の6級までを修了した私はそのまま韓国で残れる方法を探したが、たくさん悩んだ末に一度帰国して計画を立て直すことにした。
ただ、帰国前にもう少し行きたかった所、したかったことをするためvisaを延長することにした。
アッパにその旨伝え、部屋を解約する日を相談し、保証金の返金もどうするか話し合った。
当初は
部屋を引き払う→ホテルかゲストハウスに引っ越す→返ってきた保証金で国内旅行をする。
と考えていたのでそう伝え、滞在先を探していた。
でも数日後会った時に
「最後の日まで部屋に居て良い。保証金は先に返してあげるから。家賃は日割りで大丈夫。だからただそこにいればいい。」
そう言ってくれた。
この時にはもう、アッパも私もお互いが家族のように思っていた。
娘のようだと。そして私は韓国のお父さんだって。
だから最後まで離れたくないって思ってたんだと思う。
お互いに。
日本に荷物を送る時も「重たいから」と車で郵便局まで一緒に運んでくれた。
帰国する日も最寄りの空港バス停まで見送りに来てくれた。
バスが時間通りに来なかったら空港まで送ってあげるって、心配してバスが来るまで一緒に待ってくれた。
朝早かったのに。(´・ω・`)カンシャシカナイ
♧♧♧
帰国後(’23.6月~)
帰国後は少しのんびりしてから...
MOS資格取得 Word,Excel,PowerPoint(’23.11月取得)
↓
日本語教師養成講座(’24.8月修了)
苦手だったパソコンを克服するためMOSの資格を取得。
そして就活をしてく中で、留学中に日本語教師の資格を取ろうと考えていたのを思いだし、正社員にはならずに資格を取るために学校に通い始めた。
帰国後は中々韓国に行く時間もなく、やっと行けたのは8か月後だった。
会いたくて会いたくて。
会いに行った時のアッパの嬉しそうな顔は今でも忘れない( *´艸`)


私の友達も一緒に
11月、12月、1月と連続で会いに行ったが、いつでも温かく迎えてくれた。
アッパはメッセージは得意じゃないから、送っても中々返事がこないけどw
でも行くって伝えておくと、飛行機が到着した時間を過ぎてから電話してくる。
「どこだ?電車か?」「ホテルはどこだ?」
そうして私の拙い韓国語で会話しながらお互いが会える時を楽しみにしている。
韓国にいる友達にも会いたいが、同じくらいアッパにも会いたい私がいる。
80過ぎてるから、アッパが日本に来るのは難しいかもしれないから私が会いに行く。
簡単には行ったり来たりできないから少し寂しいけど、これからもメッセージしたり、会いに行く。
韓国語の勉強も続けてもっともっと話せるようになるよ。
♧♧♧
最後に
韓国の人は親しくなるほどその温かさが心にしみる。
日本人が嫌いな人々も一定数いるだろうけど、
韓国が嫌いな人も一定数いるだろうけど、
でも私は韓国が好きだ。
アッパが好きだし、アッパの家族も好き。
韓国の友達も好きだし、雰囲気も好き。
人と人の縁はふしぎなものです。
どこでどのように繋がるのかわからない。
切れてしまう縁もある。
でもまたつながる縁もある。
国が違っても互いに大切に思う心は生まれるし
思い合うことができる。
私はアッパと繋げてくれた友達のお母さんも、その友達も、その友達と繋げてくれた韓国語の先生にもとても感謝している。
縁があって出会えたことに幸せだと思っている。
最後まで読んでくれてありがとう。
こうして読んでくれたあなたとも何かの縁で繋がっていると思います。
あなたにも良い縁が繋がりますように。
감사합나다.
あんにょん(@^^)/~~~
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