失われていくもの
かつて身近にあったものが、少しずつなくなっている。本当は見つめないといけないのに、直視できずに目を背けながら、確かに失われていっている。
なくなっていく母校
私は栃木県の田舎町出身だ。さらに実家がある場所は商店などが並ぶ街中ではなく、里山の中。風光明媚ではあるが、公共交通機関で日常生活を送ることは不可能で、都会の感覚でいえば不便な場所である。
本年度30歳の1995(平成7)年度生まれだが、当時でさえ保育園の同学年は9人、小学校、中学校は20人弱しかいなかった。当然、1学年に1クラスしかなく、学年が変わっても同じメンバーがクラスメートとして繰り上がった。
最初に転機が訪れたのは中学生のときだった。通っていた中学校が統廃合によって閉校し、町の中心部にある中学校に合併した。そのため3年生の1年間だけ違う学校に通い、そこを卒業した。その後、保育園がなくなり、ついに今年の春、小学校もなくなるという。
これは地方に住む者にとって特段珍しいことではなく、日常の出来事に近いと思う。地方のニュースを見ていれば、毎年どこかしらでこうした報道がある。

卒業写真が示す変化
なくなったかつての母校には、戦後直後からの代々の卒業写真が飾られていた。かつての写真は、人の顔が小さい。白黒からカラー写真になり、年代が進むにつれて顔が大きくなった。児童生徒の人数が多い時代は引きの画角で撮影してており、1人1人の顔が小さく写った。写真は子どもの多かった団塊の世代から少子化が進んでいく様子を如実に物語っていた。
都会とのギャップ
年末の一時帰国中、渋谷や新宿に行ったが、ここではすれ違うのに苦労するほどの人が行き来していた。一方でかつて通った学校近くは、人の姿はなく静か。恐ろしいほどのギャップに、現実を突きつけられた。常識的に考えれば当然のことだが、もやっとした気持ちが残る。
とはいえ、自分もこの社会の流れの中で生きており、実際に今、実家に住んでいるわけではない。どの口が言うんだという話ではある。
争点化されない「地方創生」
今回の衆院選では全く争点になっていないようだが、ここ10年程度は「地方創生」が叫ばれていた。しかし多くは耳なじみのいい言葉でごまかされていたと感じている(あくまで個人の見解)。
例えば、日本全体の人口減が加速していく中で、地方間の人口の取り合いをしていたが、まさに「木を見て森を見ず」だ。ただ、個々の地方自治体としては人口減によるダメージを少しでも抑えないといけないため、「そこがやるならうちやらないと」という形で、この競争に参加せざるを得なくなってしまったという事情があると想像する。
基本的に人口が減れば減るほど税収も落ちるわけで、人口減というのは地方の切実な課題である。しかも、地方は広い土地に点々と人が住んでおり、インフラの効率が悪い。そのような状況で水道などの公共サービスを維持しないといけないのだから、安易な言葉を使えば「無理ゲー」である。

見えない進む道
課題が山積した地方の今後を考えるのは、非常に難しいことである。人口減少傾向が避けられない以上、住み続けたい人や新たに住みたい人を支えられるよう、長期的な視点で行政サービスを維持していくことは大切だろう。そのために必要なのは自治体間競争ではなく、広域的な協力にあると思う。
政治的に「地方創生」は、すでに勝ち目のない戦いと化しているのかもしれない。しかし「創生」ができなくとも、「維持」はしていかなくてはならない。社会課題に分かりやすい文脈はないと思っている。学び、考え、悩んだ先にしか進む道は見えてこない。
ここまで読んでいただいた方は、一緒に考えていただけたらうれしい。
きょうの1曲
幸せな結末 大滝詠一
最後までお読みいただきありがとうございます。
スキやコメント、フォローをいただけますと、励みになります。
よろしければ、こちらもご覧ください。
いいなと思ったら応援しよう!
最後まで読んでくださってありがとうございます。今後もいろいろなテーマで書いていく予定ですので、応援いただけると大変励みになります。