仕事による疲労蓄積とやり過ぎトレーニングのリスク
仕事は、人を削る。
朝の満員電車。
意味のない会議。
怒鳴る上司。
終わらない残業。
「頑張れ」と言いながら、人を消耗品みたいに扱う会社。
人間は、精神から先に腐る。
だから人はジムへ行く。
鉄を握る。
バーベルを担ぐ。
ダンベルを引く。
その瞬間だけ、嫌なことを忘れる。
筋肉は裏切らない。
数字は嘘をつかない。
だが、問題はそこからだ。
仕事で既に体力を吸われている。
自律神経は乱れ、睡眠は浅く、胃は荒れ、脳は疲弊している。
その上に
「もっと強くなりたい」と限界を超える。
すると何が起こるか。
体は壊れる。
人間はゲームのキャラクターではない。
HPバーは見えない。
だが確実に削れている。
伝説的ボディビルダー、
アーノルド・シュワルツェネッガー
はこう言った。
「筋肉はジムで壊れ、休息で成長する」
これは単なる筋肥大の話ではない。
人生そのものだ。
回復なき努力は、破滅に向かう。
マイク・メンツァーは、過剰トレーニングを強く批判した男だった。
彼は「短く、強く、回復せよ」を説いた。
毎日追い込めば強くなる。
そんな昭和的根性論を、彼は否定した。
実際、現代は仕事そのものが高強度トレーニングに近い。
肉体労働でなくとも同じだ。
電話。
クレーム。
人間関係。
SNS疲れ。
数字のプレッシャー。
脳は常に戦闘状態。
そこへ毎日限界スクワット。
毎日デッドリフト。
カフェイン大量摂取。
睡眠5時間。
それは鍛錬ではない。
緩やかな自殺だ。
プロレス界でも、命を削るような生き方をした男たちは多い。
スタン・ハンセンは過酷な巡業を戦い抜き、
ハルク・ホーガン
は度重なる手術を経験した。
強そうに見える人間ほど、実は体を酷使している。
50歳を超えてなお元気な人間は、
「追い込み続けた人」ではない。
「回復を理解した人」だ。
睡眠。
栄養。
休む勇気。
仕事を断る勇気。
これもまた、強さである。
特に中年以降は危険だ。
若い頃の感覚でやると、突然切れる。
血管。
心臓。
自律神経。
昨日まで元気だった人が、急に倒れる。
それが過労だ。
トレーニングとは、
本来、人生を強く生きるためのもの。
寿命を削るためのものではない。
会社に潰され、
さらに自分で自分を追い込む。
それでは何のための筋肉かわからない。
本当に強い人間は、休む。
逃げる。
寝る。
食う。
そして、生き残る。
野生動物は無意味な全力疾走をしない。
死ぬからだ。
人間だけが、
「頑張りすぎ」を美徳にしてしまった。
だが鉄は知っている。
回復しない者は、いつか折れる。
