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トークン活用②:インセンティブ設計(やり過ぎると死ぬ)

はじめに

「お手伝い1回につき、お小遣い100円ね」

家でこう約束したとします。最初の1週間は、玄関の靴まで並べてくれる。ところが1か月後には、100円もらえないと靴下ひとつ拾わなくなり、そのうち「風呂掃除は300円が相場」と値上げ交渉が始まる。最後に音を上げるのは、たいてい払う側の家計です。

企業がトークンで同じことをやると、これが会社ごと傾く規模で起こります。報酬で人を動かす仕組み、いわゆるインセンティブ設計は、Web3でいちばん強力で、いちばん多くのプロジェクトが倒れてきた領域です。

今回は、トークンのインセンティブがなぜ効くのか、やり過ぎるとなぜ死ぬのか、そして死なせないためにどう設計するのかを整理します。この記事だけで読み切れるので、初めての方もどうぞ。


1. トークンでやる気を買う、という発想

インセンティブ(Incentive)とは、人にある行動をしてもらうためのごほうびのこと。お手伝いに対するお小遣いが、まさにそれです。

企業がトークンをごほうびにする狙いは3つあります。

① 行動をピンポイントで促せる

「投稿したら」「友達を招待したら」「毎日ログインしたら」と、してほしい行動に直接ごほうびを付けられます。

② 初期の仲間を集めやすい

サービスが無名でも「参加すればトークンがもらえる」なら人が来ます。広告費の代わりに未来の価値で払う、という発想です。

③ もらった人が応援団になる

トークンの価値はサービスの成長と連動します。保有者は自然と「このサービスが伸びてほしい人」になります。

ただし、普通のお小遣いと決定的に違う点がひとつ。トークンは外の市場で売れて、値段が動きます(この仕組みは前回のトークン活用①で整理しています。今回はこの記事だけで読めます)。

ごほうびの魅力が市場価格しだいで膨らんだり消えたりする。これが、インセンティブ設計を劇薬にしている正体です。

ここでひとつ、この分野の合言葉を紹介しておきます。

トークノミクス(Tokenomics)

トークンの配り方・使い道・回収の仕方まで含めた、経済全体の設計のこと。TokenとEconomicsを合わせた言葉で、今回のテーマはまるごとこの話です。

2. 「死ぬ」とは何が起きることか

しかも、この劇薬がいちばん強く効くのは1章の③です。もらった人が応援団になるはずだったのに、集まってくるのが換金したい人だったら、話は逆に転がります。

タイトルの「やり過ぎると死ぬ」。これは大げさな言い方ではなく、Web3ではおなじみの現象に名前まで付いています。

デススパイラル(Death Spiral)

価格とユーザーが同時に減り続け、下落が下落を呼んで止められなくなる悪循環のこと。3ステップで進みます。

ステップ1:稼ぐこと自体が目的の人が集まる

ごほうびを大きくするほど、サービスを好きな人ではなく、換金したい人が集まります。お小遣い欲しさだけで手伝いに来る近所の子が殺到するイメージです。

ステップ2:もらったトークンがすぐ売られる

換金目的の人は、受け取った瞬間に売ります。売りが買いを上回り続け、トークンの値段がじわじわ下がります。

ステップ3:報酬の魅力が減り、人が去り、さらに下がる

値段が下がるとごほうびの実質額も減り、稼ぎ目的の人から順に離脱。人が減るとさらに売りが優勢になり、下落が加速します。

こうして価格とユーザーが同時に減り続け、運営が何をしても止まらなくなり、サービスそのものが立ち行かなくなる。これが「死」の正体であり、はじめにのお小遣いの話が、会社の規模で起きたバージョンです。つり上げ続けたお小遣いに家計が耐えられなくなるのと同じで、配りすぎたトークン経済は自分の重さで潰れます。

3. 深掘り:Axie Infinityの栄光と代償

デススパイラルの教科書と呼ばれる実例が、ゲームをプレイして稼ぐPlay to Earn(P2E)の先駆け、Axie Infinity(アクシー・インフィニティ)です。

2021年半ば、フィリピンではゲームの報酬だけで1日数十ドルを稼ぐプレイヤーが現れました。当時の同国の最低賃金は1日7ドル前後。「ゲームで生計を立てる人」が社会現象になったのはこのためです。ただしこの状態は長くは続かず、同年11月の調査では、上位層を除く典型的なプレイヤーの日収はすでに最低賃金を下回っていました。

設計の裏側を見ると、このゲームには2種類のトークンがありました。ひとつはAXS。発行に上限があり、運営方針に投票できるガバナンストークン(Governance Token)です。もうひとつはSLP。プレイ報酬として配られ、当時は発行に上限がありませんでした。

問題はSLP側。稼ぎに来る人が増えるほど発行量が膨らむ一方、SLPをゲーム内で使う場面が足りませんでした。2022年初めには、1日に使われる量の約4倍が新たに供給される状態になっていました。もらったお小遣いの使い道が家の中になく、全員が外で換金する状態です。

結果は2章のステップ通り。SLPの価格は暴落し、運営は2022年2月、1日最大50SLPがもらえた対コンピュータ戦のモードとデイリークエストの報酬をゼロにし、1日の供給量を半分以下に絞りました。発表直後は価格が一時的に反発したものの、下落の流れそのものは止まりませんでした。

上限のあるAXSも無傷ではありません。価格は2021年11月のピーク(165ドル前後)から、2026年6月には1ドルを下回るところまで落ちました。ただし無限に刷られたSLPの落差はさらに大きく、2021年7月の0.4ドル前後から、1セントを割り込む水準まで下がっています。無料で始められるモードが用意され、2026年に入ってもアップデートは続いていますが、全盛期の熱量は戻っていません。

なお運営はその後、2024年にSLPの発行上限を設定しています。無限に刷る設計から、上限と回収を前提にした設計へ舵を切ったわけです。

上限を決めて配ったトークンと、行動を促すために無限に刷ったトークン。同じゲームの2つの差が、そのまま教訓になっています。

4. 死なせない3つの設計

では、どう設計すれば死なずに済むのか。原則は3つです。

① トークンが無くても成立するかを先に問う

ごほうびを取り上げた瞬間に誰もいなくなるサービスは、最初から危険信号。お手伝いで言えば、手伝いそのものに楽しさや意味がある状態を先に作り、お小遣いは後押しに徹します。はじめのお小遣いの話で、100円をやめた瞬間に靴下ひとつ拾わなくなったのは、これができていなかったからです。

② 出口(使い道)を先に作る

配ったトークンがサービス内に戻ってくる場所、いわゆるシンク(Sink)=トークンの使い道・回収口を、配る前に用意します。限定アイテムとの交換、機能の利用料、使うと消える設計など。家の中でお小遣いを使いたくなる駄菓子コーナーを先に置く、ということです。

③ ごほうびを1種類にしない

換金できるトークンだけに頼らず、称号や限定体験など、売れないごほうびを混ぜます。売れないごほうびは市場に売られることがないので価格を押し下げず、サービスが好きな人にだけ深く刺さります。

⚠️ 先に電卓、あとでトークン

発行を決める前に、1日に配る量と回収される量を必ず試算してください。試算して供給が回収を上回り続けるなら、その設計のまま世に出してはいけません。配り始めた後から絞るのがどれだけ難しいかは、3章の通りです。

💡 3つ守っても、価格リスクはゼロにならない

この3原則は死ににくくする設計であって、値下がりしない保証ではありません。設計でコントロールできるのは供給側だけで、市況や人気による下落リスクは必ず残ります。ここを混同しないことも、設計者の仕事のうちです。

まとめ

  • トークンのインセンティブは、行動を促し・仲間を集め・応援団を作れる強力な仕組み

  • ただしごほうびの魅力が市場価格に連動するため、普通のお小遣いやポイントより劇薬

  • やり過ぎの末路がデススパイラル。稼ぎ目的が集まる→すぐ売られる→魅力が減って人が去る、の悪循環

  • Axie Infinityは供給が回収を大きく上回り、後から絞っても止まらなかった。インセンティブは、配る設計より回収する設計

  • 死なせない3原則は、トークン無しでも成立するか・出口を先に作る・ごほうびを1種類にしない

  • ただし3原則は死ににくくする設計であって、市況による価格リスクはゼロにならない

今回のキーワード

インセンティブ(Incentive)
人にある行動をしてもらうためのごほうび。トークンを使うと、促したい行動に直接ごほうびを付けられる。

トークノミクス(Tokenomics)
トークンの配り方・使い道・回収の仕方まで含めた、経済全体の設計のこと。TokenとEconomicsを合わせた言葉。

Play to Earn(P2E)
遊ぶことで暗号資産などの報酬を稼げるゲームの仕組み。Axie Infinityがその代表例とされる。

デススパイラル(Death Spiral)
下落が下落を呼び、止められなくなる悪循環。価格とユーザーが同時に減り続ける状態を指す。

ガバナンストークン(Governance Token)
サービスの運営方針などに投票できる権利を持つトークン。Axie InfinityではAXSがこれにあたる。

シンク(Sink)
配ったトークンがサービス内に戻ってくる使い道・回収口のこと。アイテム交換や利用料など。

おわりに

ごほうびは、効かせれば人を動かし、効かせすぎれば人を去らせ、サービスごと立ち行かなくします。やり過ぎると死ぬ。でも、さじ加減さえ合えばこれほど効くクスリもない。生かすも殺すも、配りはじめる前に出口を用意できているかどうかです。

次回は「DAO活用①:DAOって会社と何が違う?」として、社長も上司もいないのに回る、インターネット生まれの組織のかたちに踏み込みます。次回もお楽しみに!


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