53歳という年齢が、静かに突きつけてくるもの
正直に言えば、
医療福祉の現場で「50代の採用に慎重になる気持ち」は、逆の立場に立てば理解できなくもない。
体力、柔軟性、組織への馴染みやすさ、将来性。
経営を考えれば、若い人を選びたくなるのは自然なことだと思う。
それでも——
現実に向き合う中で、心が揺れ続けた出来事がいくつかあった。
訪問看護ステーションに問い合わせた時のこと。
53歳でも応募可能か、事前に電話にて確認した。
「折り返します」と言われ、2日後の朝、電話が来た。
結果は
「今は女性スタッフを募集していて、難しいです」
そういう事情があること自体は、理解できる。
でも、それなら最初から求人に書いておいてほしかった。(※この後、就職エージェント会社と話をしていて、性別限定を求人に書くのはいけないとのこと!失礼いたしました。)
期待してから、後出しで条件を出されるのは、思っている以上に心を削る。
別のクリニックでは、
常勤で応募したはずなのに
「非常勤ならどうでしょうか?」と条件が変わった。
そして、もっと衝撃だったのが、
「理学療法士としてではなく、
理学療法士・ケアマネ・介護助手の三役をやってくれるなら雇う。
ただし給料は下がる」
……正直、頭が追いつかなかった。
仕事が増えるのに、なぜ給料が下がるのか。
理屈として、どう考えても納得がいかなかった。
怒りが湧いた。
同時に、悲しさもあった。
そして、どこかで諦めのような感情も混じっていた。
「ああ、これが53歳という年齢なんだな」
もちろん、53歳でも歓迎してくれる職場があることも知っている。
実際、そういう話も聞く。
だから一概に業界全体を批判したいわけではない。
ただ、こうした出来事が重なると、
年齢というフィルターを通して見られている感覚は、否応なく突きつけられる。
それでも、不思議なことに、完全な絶望にはならなかった。
医療福祉の世界で閉じた扉があるなら、
別の世界に目を向けてもいいのではないか…
そんな考えが、ふと頭をよぎった。
じゃあ、チャンスをくれる整体業界で、
「雇われる側」としてもう一度やってみるのはどうだろう。
不安定かもしれない。
先が見えないかもしれない。
それでも、少なくとも「年齢」だけで切り落とされる感覚は、少ない気がした。
怒り、悲しみ、諦め。
そして、ほんの小さな希望。
就職活動の中で揺れ続ける心は、
「どこで働くか」以上に、
「自分はまだ選んでいい存在なのか」を問い続けていたのかもしれない。
