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異世界抱き枕転生記~王女様に抱かれていたら王国が滅びかけた件 第二十七話


 地面に降り立ったアメリアの後ろ姿は典雅で神々しくすら見えた。
 その前には真っ黒に焼かれた芝のような地獄のフィールドが広がっている。
 アメリアはそこへゆっくりと足を踏み入れた。
 馬車内からそれを見つめる俺の横ではミランダがすすり泣き始めていた。
「無理よう。姫様は防御魔法なんて知らないんだもの。戦えるはずないわ……」
 いや、しかし、本当にそうだろうか。
 俺はアメリアの姿がどうして神々しく見えるのかに気がついていた。
 全身が薄っすらと発光しているのだ。パチパチと黄色い電撃エネルギーが身体をオーラのように包んでいる。
 それはゾディアークの全身を覆った赤い光と相似を成していた。
 ひょっとしたら、これは敵の攻撃を弾くバリアなのでは。
 スピカは電撃魔法は防御バリアとしても使えると言っていたようだけど、この土壇場で、その能力が覚醒しているってことはないか。
 しかし例えそうだとしても、初めての魔法バトルでそれを使いこなせるかどうかは未知数だ。最初の一撃が勝敗を分ける状況なのは間違いないだろう。
 巨人の腹部に当たってコウモリの大群を焼き払った電撃は、ゾディアークを直撃してはいなかった。かすめる程度ではダメージを与えられなかったわけだが、果たして身体を直撃していたら倒すことができていたのかどうか。
 ゾディアークはUFOめいた浮遊感で宙に浮き、近づいてくるアメリアを見据えている。
 もはや虚仮威しの高笑いも、挑発の言葉も無い。
 剣豪同士が対峙して、どちらが速く剣を抜くのか、といった緊迫感が漂っていた。
 息を飲む時間。
 見ているこっちまで神経を削られるようだ。
「アメリアはどうして先に動かないんだろう。先制攻撃しなければ不利なのは分かっているのに」
 俺が気をもむと、ミランダは涙で顔をクシャクシャにしながら、
「こんなに計略を連発されたら動けるものじゃないですよう。相手はそれを待っているのに違いないですもの」
「でも、火炎魔法で攻撃されたら、アメリアは多分それを防げない。電撃を完璧に当てられる距離まで近づこうとしているのかな……」
 だとしたら、怖いもの知らずのお姫様と言うしかない。
 危険過ぎる。カミソリの刃の上を渡っているようなものだ。
 例え一か八かの賭けであっても、すぐに電撃を放った方が勝ち目があるのでは。
 しかしゾディアークは動かない。まるでアメリアが試合開始のラインに着くのを待ってやっているかのように。
 そして、ついにアメリアはピタリと足を止めた。
 その瞬間、動くはずのないゾディアークの仮面が口を歪めて嗤ったような気がした。
 それが戦闘開始の号砲となった。
 ほぼ同時に二人が動いた。
 アメリア、それにゾディアークは全速力で両手を突き出した。掌から破滅的なエネルギーが放たれる。アメリアの掌からは視界を圧する眩い電撃が。ゾディアークの掌からは灼熱の火炎が迸った。
 それは中間地点でぶつかり合って火花のような飛沫を八方に散らした。
 両者のエネルギーは均衡し、どちらの魔力も前へ進むことが出来ずにガラス板の上を滑るようにして超高速で周囲へ広がって行った。
 なにもないはずの空中に、炎と閃光で出来た巨大な盾が現れたようだった。
 圧倒的な力場の出現に、一気に空気が熱気を帯びる。
 時空の焦げ付く匂いが漂うようだった。
 しかし、その均衡が続いたのは、ほんの寸刻のことに過ぎない。
 哀しいことに、アメリアは巨大な電撃を持続させることが出来なかった。
 その一方で、闇の世界から力を汲み出すゾディアークは、いくらでも火炎を出し続けることが出来たのだ。
 アメリアの手先からプスンとエンストを起こすようにして電光が消えると、天を突く高笑いが再び響き渡った。
「愚かな。その程度の力で私に勝てると思ったか」
 その声と共に紅蓮の炎が巨龍のように渦巻いてアメリアに襲いかかった。
 ネズミの群れに襲われた時と同じ、絹裂く悲鳴がアメリアの口から飛び出した。
 それがさらにゾディアークの凱歌を加速させてゆく。
「悔しいか。アメリアよ。お前はもはや虎の爪下に抑え込まれたウサギも同じ。自分の無力を噛みしめるがよい。だがすぐに殺しはせぬぞ。ジワジワと炎を近づけて、生きたまま素肌の一枚、脂肪の層の一枚から内蔵までを焼き尽くしてくれん」
 俺の横ではミランダが声を限りに泣き喚いていた。
 外では馬上のジェフが「糞っ」と叫んで突撃した。だが、すぐに業火に巻かれて馬から転げ落ちて撤退してしまう。
 俺も馬車から飛び降りて走ったが、ジェフと同じで近ずくことすら出来ない。自分の無力に歯噛みするばかりだった。
 アメリアは炎の中で身体を焼かれてしまったのか?
 そうでは無かった。よく見るとまだアメリアの身体に直接炎は届いていない。
 オーラのようにアメリアの身体を包んでいた黄色い光が膨らんで、シャボン玉のような球体を成していた。
 それが荒れ狂う火炎が身体に触れるのを、かろうじて防いでいる。
 アメリアの持つ魔法の電撃エネルギーが、バリアとして発動していたのだ。
 だがそれも、ゾディアークの加虐の喜びを長引かせるだけの意味しか無かったが。
「ほう。防御魔法も一応知っているか。楽しませてくれるな。しかしそんな悪足掻きがいつまで続くかな。ホラ、もっと集中しないとバリアが破れるぞ。お嬢ちゃん」
 ゾディアークは明らかに火炎の強さを加減していた。アメリアのバリアがギリギリ防げる限界あたりまで出力を絞り、断崖にしがみついている人の指を一本ずつ引き剥がすようにして痛ぶっている。その気になれば一夜漬けみたいなバリアなど、ガチャのプラスチックボールを踏み潰すよりも簡単に破壊できるのに違いなかった。
 そんな扱いを受けたアメリアは……両手を斜め下に広げて直立している。それが電撃のバリアを張るのに適したポーズなのか。
 瞳は紅い光を発し、長い髪はクラゲの触手のように浮遊して、そして放心したような横顔には何の表情も浮かんでいなかった。
 最悪だ。これは何度も見たことがある表情。いや、逆に苦しまずに済んでいるのは幸運だと言えるのかもしれないが。
 アメリアは、魔力の全面解放と極限状況に追い込まれたショックで、またしても意識が飛んでしまっていた。だからこそ無意識に眠っていた電撃バリアの防御が本能的に発動したのかも知れない。
 もはや、一発逆転を狙った電撃で反撃する望みすらも絶たれてしまっていた。
「そろそろ遊びは終わりにしようか。覚悟は出来たかな。お嬢ちゃん」
 ゾディアークの含み笑いがこだましたその時だった。
 その場にそぐわない可愛らしい女の子の声が響いた。
「お兄ちゃんっ」
 それはまるで天界から降ってきたようだった。
 幼い天使が待ったをかけるような、キーが高くて舌足らずな甘さを含んだ声。
 驚いたことに、それを耳にしたゾディアークは初めて動揺を表した。
 声の出どころを探すようにキョロキョロと周囲を見回す。
 思いがけない言葉がその口から漏れた。
「スピカ……。スピカ、スピカ、スピカ、スピカ? スピカなのか?」
「ハンスお兄ちゃん。もうやめて」
 その声が響いてきたのは空からだった。空を飛ぶ巨大な鷹の脚に捕まった十三歳くらいにしか見えない女の子。ミニスカートのワンピースに真っ赤なツインテールをなびかせた早熟天才魔道士のスピカ・オルフェウスだ。
 スピカはあっという間に大鷹を操って急降下し、大鷹の脚からピョンと離れて地面に降り立った。
 そしてアメリアをかばうようにして、ゾディアークと対峙する。
「やっぱりハンスお兄ちゃんなのね。もういでしょ。復讐するのはもうやめてっ」
 ゾディアークはアメリアを囲んだ炎を緩めていた。スピカに危害が加わらないように。
「スピカ……。そこをどけ。エルディアス王家が行った悪行を知らぬわけではあるまい」
「もういいじゃない。エルディアス王に罪があったとしても、その子供に罪があるわけじゃないわ」
「……どけ。邪魔をするというなら、お前も一緒に火炎で炙り殺す」
「お兄ちゃんっ」
 スピカはショックを受けていた。目に涙を溜めて、振り絞るように叫びを発する。
「どけと言っているのだ!」
 ゾディアークは荒々しく怒声を発した。
「嫌よっ、どかないわ」
 そこへ柔らかく落ち着いた声が響いた。
「どきなさい」
 必死に踏ん張るスピカの前に、もう一人の人物が姿を表した。スピカと同じように大鷹に掴まってやって来て、空からふわりと舞い降りてきたのだ。
 全身真っ白な法衣に身を包み、長い髪も髭もすべて真っ白な老人。手には大きな木の杖を持っていた。
 静かに、諭すように言葉を発する。
「スピカ、お前は下がって見ていなさい。この男の相手をするのは私の役目だ」

放心したアメリア。ChatGPТ画

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