【連載小説】note中毒外来 第1話 「何を見てもnoteにしたくなるんです」
「先生、私、ちょっとおかしいんです」
診察室に入ってきた女性は、椅子に座るなりそう言った。
向かいに座る医師は、カルテから顔を上げた。
「どのように?」
「何を見ても、noteにしたくなるんです」
医師のペンが止まった。
「……なるほど」
「やっぱり、まずいですか?」
「まだ何とも言えません。もう少し詳しく聞きましょう」
医師はカルテの上に日付を書いた。
東雲クリニック note中毒外来
「一日のうち、どのくらいnoteのことを考えますか?」
「わかりません」
「では、朝起きて最初に考えることは?」
「今日は何を書こうかな、です」
「起きてすぐ?」
「はい」
「朝食中は?」
「昨日の記事、読まれたかなって」
「家事をしているときは?」
「洗濯物を干しながら、これも記事になるなって思います」
「買い物中は?」
「スーパーで見つけたものとか、値段とか、店員さんとのちょっとした会話とか……」
「散歩中は?」
「景色を見て、タイトルを考えてます」
東雲医師は淡々とメモを取っている。
「人と話しているときは?」
「この話、noteに書いたら面白いかもって」
「テレビを見ているときは?」
「これ、どういう切り口なら記事になるかなって」
「寝る前は?」
「今日、何か書けることあったかなって考えます」
東雲医師は、そこで初めて顔を上げた。
「なるほど」
「どうでしょうか?」
「かなり典型的です」
女性の顔がこわばる。
「病気ですか?」
「正式な病名はありません」
「ないんですか」
「今からつけます」
医師はカルテに、ゆっくり書いた。
【診断】ネタ発見過敏症
「……」
「……」
「先生」
「はい」
「それ、本当に病名じゃないですよね?」
「もちろんです」
「じゃあ、なんでそんなに堂々と書くんですか?」
「カルテですから」
妙に説得力があった。
「でも、どうしてこんなことになったんでしょう」
女性が尋ねる。
東雲医師は少し考えた。
「noteを始める前は、何を見ても記事にしたいと思わなかったでしょう?」
「はい」
「では、今は?」
「なんでも記事に見えます」
「世界が変わったんですね」
「世界が?」
「正確には、世界の見方が」
女性は黙った。
たしかにそうだった。
夏の夜が暑い。
以前なら、ただ「暑い」で終わっていた。
今は、
この暑さを食べてくれる生き物がいたら面白いな、なんて考えてしまう。
夏休みの主婦の大変さも記事になりそう・・・
娘との会話も・・・夫との喧嘩も・・・
女性は言った。
「noteを始めてから、前よりいろんなものを見るようになった気がします」
「それなら、悪いことではありません」
「本当ですか?」
「ええ」
東雲医師はうなずいた。
「ただし」
「ただし?」
「『面白いものを見つけた』と『面白い記事を書かなければ』は、別です」
女性は少し考えた。
「……あ」
「何か思い当たりましたか?」
「最近、何かを見た瞬間に『これ、noteに書かなきゃ』って思うんです」
「そこです」
医師はペンでカルテを軽く叩いた。
「『書きたい』なら問題ありません」
「はい」
「でも『書かなきゃ』になると、少し注意が必要です」
「どうして?」
「せっかく目の前にあるものを、体験する前に記事にしてしまうからです」
女性は黙った。
それは、少し怖い話だった。
「じゃあ、どうしたらいいんでしょう」
「簡単です」
東雲医師は言った。
「今日は一日、何も書かないでください」
「え?」
「記事にもしない。タイトルも考えない。メモもしない」
「……」
「ただ見て、ただ聞いて、ただ過ごしてください」
女性は不安そうな顔をした。
「忘れちゃいませんか?」
「忘れるでしょうね」
「それでいいんですか?」
「全部覚えている必要はありません」
東雲医師は微笑んだ。
「書かなかった一日は、失敗した一日ではありませんから」
その言葉に、女性は少しだけ救われた。
「やってみます」
「では、今日はこれで」
女性が立ち上がる。
診察室のドアに手をかけたところで、振り返った。
「あの、先生」
「はい」
「先生はnote、やってないんですよね?」
東雲医師の手が止まった。
「……もちろんです」
「本当に?」
「医師ですから」
「関係あります?」
「あります」
「どんな?」
「……医師には守秘義務があります」
「自分がnoteを書いているかどうかに守秘義務は関係ないと思いますけど」
東雲医師は黙った。
女性は笑いながら診察室を出ていった。
ドアが閉まる。
静かになった。
東雲医師はしばらく動かなかった。
そして、机の引き出しを開けた。
中からスマートフォンを取り出す。
画面には、昨夜投稿した記事が表示されている。
PV 1,284
東雲医師は眉をひそめた。
「……昨日より少ないな」
そして、さらに下を見る。
スキ 47
「……」
医師はスマートフォンを伏せた。
「患者には言えないな」
誰もいない診察室で、そうつぶやいた。
その直後。
スマートフォンが震えた。
新しい通知。
東雲医師は、反射的に画面を開いた。
「あなたの記事にスキがつきました」
「……!」
思わず笑顔になる。
しかし、すぐに真顔に戻った。
「いかん、いかん」
スマートフォンを机に置く。
三秒後。
また手に取る。
「……もう一個増えてる」
東雲医師は、満足そうにうなずいた。
そしてカルテの余白に、小さく書いた。
【医師所見】
患者より先に、自分を診察する必要あり。
少し考えて、その下に付け足す。
重症度:★★★☆☆
さらにもう一行。
※明日のPVによって変動する可能性あり。
【本日の診断】
ネタ発見過敏症
重症度:★★★☆☆
治療法:
ときどき、何も書かずに一日を終えること。
そして――
東雲医師にも、同様の症状が認められました。
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