【ある会社の組織的病理】第13回|「残業などさせていない」という、記録に残らない時間。
※本記事は過去の経験をもとに再構成したフィクション性を含みます。
この組織で働いていた頃、定時で仕事が完結する日は、決して多くはなかった。
仕事量が膨大だったから、という理由だけではない。
「やるべきこと」に追われ、気がつくと窓の外が真っ暗になっている。そんな毎日が当たり前のように過ぎていた。
あるとき、職場で残業についての話題が出た。
その場にいた上司は、少し不機嫌そうに、言い捨てるようにこう言った。
「私は、残業をさせるほど多すぎる仕事を与えたつもりはない」
その言葉が放たれた瞬間、室内の空気が一気に冷たく固まった。
誰も、何も言わなかった。反論の余地など、最初から用意されていなかったのだ。
その後も、私たちの仕事は続いた。
だが、その夜の時間は、二度と「残業」としてカウントされることはなかった。
当時の私は、それを深く疑うこともしなかった。
社会に出たばかりで、組織とは、仕事とは、こういうものなのだと自分を納得させていた。
けれど、今になって思う。
あの職場には、誰の記録にも残らない、透明な時間が確かに存在していた。
そして、その透明な時間を「なかったこと」にして平然と振る舞う空気が、何よりも不気味だったのだ。
存在しているのに、存在してはいけない時間。
そんな歪みが、あの場所では「日常」という名前で呼ばれていた。
