「パパ、水」——小さなアカデメイア
7歳と5歳のうちの子は「パパ、水」と言って水をねだることがある。
私はこの短いひと言を聞くたびに、心の奥底でうれしくなる。
それは、単なる要求ではない。世界を言葉で切り取る最初の試みであり、人間的営みの始まりだからだ。
まず私はこう教える。
「最初に『水』と言った人がいたんだよ。ミレトスの哲人タレースという人だ。
彼は“万物の根源(アルケー)は水である”と言った。
それが西洋哲学の最初の言葉だったんだよ。」
子どもの「水ちょうだい」という自然な発話は、タレースの問いと同じ場所から生まれている。
「これって何?」という素朴な問い。
「存在の根っこに何があるのか?」という知の目覚め。
だから私は、「パパ、水」は哲学の原初形だと思っている。
「パパは西洋哲学史第1部を東京大学で山本巍さんと宮本久雄さんに習った。
試験は一回しか受けられなかったから山本さんで単位を取った。
当然満点に近い成績で、優(最高位)だったよ。
試験問題は『哲学の始まりの始まりについて論ぜよ』だった。
“哲学の始まり”とはこの文脈ではアリストテレースのこと。
“哲学の始まりの始まり”とは、そこで言及されているミレトスのタレースのことだ。」
「タレースはただ『水!』と叫んだことにより、全哲学の祖とされた。
山本さんは『二日酔いだったのかもしれない。皆さんはわからないだろうけれど』とおっしゃっていた。
古典ギリシア語の朗読もしてくださった。
ἵπποςという音がどれほど魅力的に“馬が駆けている音”を表しているか、説明してくれたな。」
子どもたちはポカーンとしている。
しかし、そこで話は終わらない。私は続けてこう言う。
「君たちの日本語『パパ、水』、この言い方だと、文の構造がちょっとわかりにくいんだよ。
本当はね、語には“格”っていうものがあってね、
“パパ”は呼びかけてるから呼格(vocative)、
“水”は欲しいものだから**対格(accusative)**になるんだ。」
つまり、「パパ、水」は古典ギリシア語でいえば、
ὦ πάτερ, ὕδωρ!(パーテル、水を!)
という形になる。
この時、私はギリシア語の格変化の美しさと必要性を伝える。
「呼格っていうのは、相手を呼びかけるための特別な格なんだ。
たとえば、プラトンの本には**『ソークラテ、』**って出てくるでしょう?
こないだロエブ・ライブラリーで一緒に読んだよね。あれが呼格だよ。」
こうして、「パパ、水」という日常の言葉が、ミレトスからアテナイへ、そして我が家の食卓へとつながっていく。
私はこれを、小さなアカデメイアの始まりと呼んでいる。
そしてうちの子たちは元気な声でこう叫ぶようになる。
「パパ、うぉかてぃーふ! 水、あきゅざてぃーふ!」
いやいや、「パパよ、水を!」と言ってくれよ。
これが我が家であり、わが教室です。
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メッセージはschool.sanda.contact@gmail.comへ。応援していただけるととてもうれしいです!芸術以外の教育は不要。文学・数学(本物の)・音楽。本気で教育を変えたいです。全額法人口座に入ります。人生ネタ化中の五流数学者・指揮者・詩人より。