睨んでも
酔った時に記憶をなくすという人の話を聞いても、全く理解ができない。
お酒を飲むことが許されてから2年が経つ。楽しい場を提供してくれる方々のおかげで、個人的に情けない失敗をしたことも何度かある。ただし私はどれだけ酔っても情けなくなっても、その記憶は絶対に消えない、消せないタイプである。
ギターをどうやって弾いていたのか覚えていない。
照明が私を照らし、呼吸をして、一音目を鳴らした。それ以降はとにかく書いてある文字を追って、とにかく声を出すこと以外何もわからなかった。
歌っていたのかさえ定かではない。ただ魂をそこに置かなければならない、歌ったのだという証拠を手繰り寄せなければならない。そんな衝動だけで終えた20分間であった。(実は20分与えてもらっていたのに、15分と少しで終えてしまったのだが。)
だから、こうして次の日にあの時間を思い出しながら次に活かす反省をしたいと思っても、なんか、この文章すらも、ここでもう終わってしまってもおかしくない状態。忙しい合間をぬって観戦しにきてくれた友人たちが、私の歌っている姿を映像におさめてくれた。その映像を見ても、それが私であると確信できない。スマホを伏せて歌声だけ聴いてみても、想像していたより拙い歌声を脳が受け取り拒否してしまう。ピックアップ?を後付けすること。それが次回までの課題であることだけは確かである。
「詩がけっこうこだわってる部分なので、よかったら詩に注目して、耳を澄ませていただければありがたいです。」
一番言っておきたかった言葉を、言い忘れた。あの視線と光の中で、いつか、私の音楽だけでなく、私自身をその場に置きに行くことができる日がくるだろうか。というか、いつかそうするべきなのだろうか。足の震えを認識できても、身体の全パーツがひとつひとつ分離して言うことを聞けないような状態。いつか慣れてしまうのだろうか。
だとしても、きっとあの肌心地の悪い汗ばんだ緊張を、いつまでも忘れないでいることだって、大事にしていていいんだろうとも思うし。
