アパラチアの民俗音楽にルーツ・ロックのルーツを聞く: (2) アパラチアの炭坑節音階
私が最近入手した『Instrumental Music of the Southern Appalachians』という古いレコード。1950年代に米アパラチア山脈地域の伝承音楽を現地収録したこのアルバムは、アメリカン・ルーツ・ミュージック好きの私にいくつかの「発見」をもたらしてくれた。前回の記事では、このアルバムが制作された経緯を通して、ボブ・ディランの登場に至る1960年前後の時代背景が実感できたことについて触れた。今回は、私にとってもうひとつジグソーパズルのピースがはまるような発見となった、ある「アメリカーナ」的な音像について触れてみたい。(前回の記事は、下記リンクを参照ください)

かねてより私は、1960年代後半以降のアメリカのシンガーソングライターやロック作品、カントリー、現代のアメリカーナに至る一定の楽曲の中にある、ある種共通のアパラチアっぽさに惹かれてきた。私が勝手に「アパラチアの炭坑節メロディ」とか「アパラチアの情念系メロディ」などと呼んでいるそれらの曲調にはひとつの特徴がある。何か薄暗い「陰」のようなものがあるのだ。それは、「妬み」や「恨み」に近いものにも感じられる。(ある種、日本の短調音階の演歌に近い感覚だ)
その種の曲調を総称する言葉があるのかどうかわからないのだが、例えば、そういった曲をよく作っていたアーティストとしてまず思い浮かぶのが、スティーヴン・スティルス、そして、ブルーグラスをルーツに持つバーニー・レドンがいた頃のイーグルスだ。スティーヴン・スティルスなら、「4+20」、「Find The Cost of Freedom」、「Do for the Others」。イーグルスなら、「Witchy Woman」、「Take the Devil」、「Bitter Creek」、「Too Many Hands」といった曲がそれに当てはまる。「暗い」と言っても、単純なマイナーコード展開ではなく、マイナーとメジャーが入り混じったような独特の曲調で、アコースティックギターが効果的に響くような曲が多い。
この種の曲調は、ほかにも、ウェンディ・ウォルドマンやシェリル・クロウ、近年であれば、サラ・ジャローズらが作る一定の曲にも見られる。それがなぜ「アパラチア」的なのか今までうまく説明できなかったのだが、今回『Instrumental Music of the Southern Appalachians』に収められていたある曲が、あるロックグループの曲にかなり似ていたことで、物的証拠を見つけた気になった。A面2曲目に収められている「Pateroller Song」という曲がそうなのだが、その曲について、本作の音源を集めたフォーク・シンガー、ポール・クレイトンはライナーノーツで次のように解説している。
この曲(ダンスチューン)は南北戦争以前のもので、ミンストレル芸人たちによって広められたものと思われます。プランテーション農場では、外出許可証を持たずに門限を過ぎて外出する黒人たちを捕まえるため、私設警察のような形で巡回警備員(ゆえに「pateroller」[「patroller」(パトローラー)が訛ったもの])を配備していました。曲の歌詞は、「逃げろ、逃げろ、さもなくば巡回警備員に捕まるぞ」と奴隷に注意を促す内容になっています。
Translation by Lonesome Cowboy
演奏しているのは、前回の記事で紹介した「Cripple Creek」でフィドルを弾いていたホーバート・スミスという人。彼はバージニア州西部のソルトヴィルという山村に住んでいたイングランド移民の子孫で、アラン・ロマックスが収集した録音でも演奏していたようだ。彼はここでは、5弦のフレットレス・バンジョーを弾いている。
この曲でのバンジョーの演奏は、クロウハンマー(もしくはフレイリング)奏法と呼ばれるもので、親指以外の指は爪の背ではじくように演奏される。ブルーグラス・バンジョーのパイオニア、アール・スクラッグスが編み出したスリーフィンガー奏法よりも古い演奏スタイルだが、この曲のバンジョーのフレージングを聞いて、私はすぐにあるロック・チューンを思い出した。
この記事をお読みの方ならご存じと思うが、リンジー・バッキンガムとスティーヴィー・ニックス加入後初のフリートウッド・マックのアルバム『Fleetwood Mac』(『ファンタスティック・マック』、1975年)に収められていた「World Turning」だ。バッキンガムとクリスティン・マクヴィーの共作としてクレジットされているこの曲は、当時の彼らのコンサートでのハイライトだったようだが、これ以降のフリートウッド・マックの音楽のひとつの典型とも言える曲調だ。バンドが本来持っていたブルージーな雰囲気を残しつつも、曲のカギになっているのはリンジー・バッキンガムのギターだ。彼はエレクトリック・ギターも大抵はフィンガーピッキングで弾いていたが、その音色はバンジョーのフレイリング奏法を彷彿させる。それは、次の大ヒット作『Rumours』(『噂』、1977年)収録の「The Chain」や「Gold Dust Woman」においても同様だ。
「The Chain」はメンバー全員の共作、「Gold Dust Woman」はスティーヴィー・ニックスの作品だが、リンジーとスティーヴィーというふたりの米国人が持ち合わせていた「陰」のある響きが、英国出身のブルースロック・バンドだったこのグループに全米規模の共感をもたらしたのではないだろうか。そういった要素は、スティーヴィー・ニックスがその容姿や歌詞から放っていた妖艶さと見事にマッチしていたため、ともすれば魔女的なのものと結び付けられがちだ。しかし、純粋に音楽的に見れば、その要素はアパラチアで受け継がれてきたある種の音楽と共通するもののように思える。
これらの曲には、音階的にも共通点がある。フリートウッド・マックの「World Turning」、「The Chain」、「Gold Dust Woman」のギターは、いずれもドロップDチューニングもしくはダブル・ドロップDチューニングで演奏されていると思われる。「ドロップD」は、一番低い6弦の音をレギュラー・チューニングのEからDに下げて次のような並びにしたチューニングだ。
ドロップDチューニング
D A D G B E
そして、「ダブル・ドロップD」は、これに加えて、最も高い1弦の音も「E」から「D」に下げたもの。こうすると、Dのキーで4度上と5度上の音、そして、オクターブ(8度)上の音が開放でほぼ並ぶので、より共鳴しやすくなる。音の種類が少なくなるので、その分単調に聞こえるが、あまり起伏のない単調な響きは、例えば、チベット仏教のスートラのように、人間の脳にある種の陶酔感をもたらすことがある。上にリンクを貼ったイーグルスの「Too Many Hands」の場合、「オープンD5」というチューニングを使っているようだが、これは名前の通り、「D」とその5度上の「A」しか使わないチューニング。スティーヴン・スティルス(CSN&Y)の「4+20」も、このチューニングもしくはダブル・ドロップDで演奏されていると思われる。
オープンD5チューニング
D A D A A D
一方、『Instrumental Music...』に収められている「Pateroller Song」のバンジョーのチューニングについて調べてみたところ、「Gモーダル」というチューニングで演奏されているようだ。これは通常のバンジョーのチューニングを次のように変えたものだ。
レギュラー・チューニング
g D G B D
↓
Gモーダル
g D G C D
※手前の小文字の「g」は5弦で、3弦よりオクターブ高い。
レギュラー・チューニングの2弦の「B」を半音上げて「C」にしただけだが、こうすることで、「G」のルート音で4度と5度上の音が並び、共鳴しやすい音が揃う。バンジョーでのこの「モーダル・チューニング」は、別名「sawmill tuning」(=製材所チューニング)とか「mountain minor tuning」(=山の鉱夫のチューニング)と呼ばれるそうだ。かつてのアパラチアの労働者たちにぴったりのネーミングだが、最初から和音になっているこういったチューニングにすることで、誰でも簡単に弾きやすかったのではないだろうか。
今回このバンジョーのチューニングについて調べながら、自分のアルバム・コレクションの中からもうひとつ思い出した曲があった。2005年にメジャーデビューした、全員女性のオールドタイム・ミュージックのバンド「アンクル・アール」のアルバム『She Waits for Night』(2005年)に収められていた「There Is A Time」という曲だ。この曲は、60年代にブルーグラスからカントリーロックへと移行したバンド「ザ・ディラーズ」のブルーグラス時代(1963年)のオリジナルで、それ自体伝承曲ではないが、トラディショナル曲の「Shady Grove」などに通じるアパラチア伝承曲のムードをよく伝えている。アンクル・アールのバージョンは、ディラーズのオリジナル・バージョンとは少し違う雰囲気だが、興味深いのはフレットレス・バンジョーのスコア・アレンジだ。
フリートウッド・マックの「The Chain」のギターの音に似ていないだろうか? アンクル・アールのバージョンが発表されたのは2005年なので、彼女たちが「The Chain」を意識したという見方もできなくもないが、それよりは、『噂』制作当時のリンジー・バッキンガムがバンジョーのモーダル・チューニングに基づく音階を取り入れたと考える方が自然に思える。事実、バッキンガムの少年期の音楽体験は、彼と同じサンフランシスコ・エリア出身のフォーク・グループ、ザ・キングストン・トリオに始まっており、彼のギタースタイルは、そのグループのバンジョー奏者だったデイヴ・ガードのフレイリング奏法の影響を受けていると思われる。(バーニー・レドンも、2023年に行われたインタビューで、ガードからの影響を語っていた(下記リンク参照))
「The Chain」のカギになっているこのギター・スタイルは、リンジーとスティーヴィーがマックに加入する以前に組んでいたデュオのアルバム『Buckingham Nicks』(1973年)で既に聞くことができる。その音は、それがそのままフリートウッド・マックの曲と言っても違和感のないものになっており、フリートウッド・マックがリンジーとスティーヴィーの「アパラチアン・スタイル」をいかに「丸ごと」取り込んだかが窺い知れる。(ちなみに、このデュオ・アルバムは、今年9月にアナログ盤も含めて再発されることが先頃(2025年7月23日)発表されたばかり)
話をアパラチアに戻そう。アパラチア山脈の西側(特にペンシルバニア西部、オハイオ西部、ウェストバージニア全域、ケンタッキー州東部)は、石炭などの鉱山が多い地域。それらの鉱山で働いたり、それらの資源を近年「ラストベルト」(錆びついた工業地帯)と呼ばれている五大湖周辺の工業地域に運ぶ鉄道建設などのために、19世紀から20世紀初頭にかけて多くの貧しい移民がやってきた。その多くは、当時飢饉に苦しんでいたアイルランドやスコットランドからの移民だった。(映画『タイタニック』の三等船室の様子を思い出してみてほしい)。そういった人たちの過酷な労働の上に、鉱業から重工業、軍需産業が発展していく時代背景は、日本の筑豊炭田や石狩炭田などの発展〜衰退にも通じるように思える。
筑豊の三池炭坑での「ワークソング」である「炭坑節」をはじめ、日本の民謡の多くは「ヨナ抜き音階」と呼ばれる4度と7度の音を抜いた音階になっている。それは日本人が古来親しんできた音階であり、演歌、歌謡曲からJ-POPまで、その音階で作られているヒット曲が多いのは、それを聞くと無意識に郷愁や哀愁を感じる日本人が多いからだという。それと同様、「モーダル・チューニング」に合わせたような音階に無意識に共鳴する人たちが、アメリカにも一定の割合で存在するのではないだろうか。
この種の音階を持つ音楽は、上述の通り、アパラチアでも主に山脈西側の鉱山地帯をオリジンとしているようだ。一方、同じアパラチアでも、山脈の東側(バージニア州西部、南北カロライナ州の西部、ジョージア州北部あたり)にはまた別のタイプの音楽的特徴が見られる。アパラチア北西部が「陰」だとすると、そちらは少し呑気なくらい陽性な響きを持っている。その地域の名を取って「ピードモント・ブルース」と呼ばれるようになったその種の楽曲も、『Instrumental Music of the Southern Appalachians』にはいくつか収められている。
次回は、それらの楽曲について触れてみたい。
