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It started,suddenly.

確かになにかが動き出した。
決めるのだ。決心して始めて続けるのだ。
クリエイティブと思われていることも実際は実に地味な作業の積み重ねだ。
絵を描くには鉛筆や絵筆、もしくはマウスを動かすことだし、
翻訳をするのだって一語一語を追って、わからないことは辞書を引く、その繰り返し。文章を書くことだって要するに入力作業だったり、マス目を埋めるために手を動かすことだったり、コピーペーストの繰り返しだったりする。
30分でも良いのだ。この時間はこれをする。決める、する。明日も、する。たくさん一度にクリアしようとしない。面白くなった一歩手前で止める。
そして言うのだ、信頼出来るひとに、もしくは応援してくれそうな人に、
そしたら何となく始まるのだ、あとは完成目指してGO!!

奥能登は昨年元旦に地震があった。未だかつて体験したことのない揺れだった。津波が来た地域もある。倒壊した家屋の下敷きになって命を落とした人もいる。しかしもともとの人口、住んでいる人たちの気質、マスコミの中心ポイントから離れている陸の孤島のようなところなので、阪神大震災や東北福島の大津波のイメージからしたら地味なわけで、経済的にもあまり重要な地域ではないからだろう、なんとなくもう忘れられつつある。その隙に各所で地震がおこり、山火事が発生し、大雨が降ったり大雪になったりもう散々なものである。

昨日NHKのテレビの「72時間」という3日間同じ場所で訪れる人たちの映像を編集して流された番組は、珠洲の銭湯であった。ほんとうに奇跡のように、地震後半月ほどで奇跡的に再開し、井戸水と薪風呂のおかげでライフラインの途絶を乗り越えて「入浴できます」のちらしを避難所で見た時は嬉しかった。しかし、あまりの混雑ぶりと、比較的アクセスしやすいところに幾つかの自衛隊風呂もあったため、いつしか足は遠のいた。良いところだし、良い湯だと思う、まあ相性というものもあるし、いつに間にか自宅でお風呂に入れるようになったから。

今回の放送も、良かったと思う。冬の、雪の中をよくぞNHKのスタッフはやってきたなぁと思う。この場所が命の洗濯の場所になって、子どもから老人まで憩いの場になってそれを支えたスタッフやボランティアには頭が上がらない。
欲を言えば、もう少し市民目線に寄り添って欲しかったかな、という思いもある、ボランティアさんや解体屋さんのほうが、話しかけやすいし、映像流してOKを取りやすかったのかな、と思う(邪推)。奥能登の人は自分だけがクローズアップされることを望まないひとが多いようにおもう(これもまた邪推)、仲間でなら、みんな一緒なら、銭湯だし、女子の入浴シーンはNGだし、まあ仕方ないのかもしれないけど、でもみんなの想いで維持されている場所があって、安否確認したり何気ない挨拶やおしゃべりが出来る場所はとても貴重なのだと思う。

アニメ作りたい、と絵コンテのようなものを描いていた男の子は友人の息子である。春からは大学に行く。この街を離れるということだ。いつか彼の作ったこの街の地震前の風景がてんこ盛りのアニメーションを見てみたいとおもう。「スキップとローファー」のように、奥能登の人の心の隅を照らす作品ぜひ作って欲しい。楽しみにしています。

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