本を読むこと、貸すこと、売ること、書くこと。
もうずっと長いこと、きちんとした読書ができない。脳の一部が混乱していることもある、優先順位の高いことを押し除けて読書なんかしている場合じゃない、という無意識の危機感もある。でも本屋に行くとなんか本をようやく買ってもいいかなと思える程度には回復した。『百年の孤独』(文庫ね)、『西洋の敗北(没落でしたか?)E.トッド』、坂口キョーへーくんの本、イノッチの電話に電話したら本当に出てくれるのかしら。それから買取で引き受けてしまった数々の本たち。読んでいたら値段付けは進まない、売るべき本と自分の蔵書の区別がつかない。一番読書ができたのは、学校図書館働いて時だったかもしれない。今は文筆家として名をなした人の中には、国立国会図書館で働いていたり、さまざまな図書館勤務経験者は少なくはないらしい。図書館の仕事は人が思う程暇ではないが、静かに集中する時間をどこかで切り出すことはできる、もちろんその人の配属先や周囲との関係にもよるのだけれど…
だから本を読みたいなら古本屋はダメだ、古本屋になる人には何かとても個性的な本との絆のようなものがあるような気がする。商売だからやっていれば売上が気になる、けっこう些細なことで落ち込みもする、結局は人間関係なくして商売は成り立たない、でもかなり屈折した人たちも多いから(古本屋、顧客に関わらず)全部引き受けるなんてことは思わない方が良い、きちんとした線引きが必要。売上に拘泥しない、マイペースな古本屋を営なみたいなら、経済的な原資かパトロンが必要になる、売れることが嬉しいというか、必要としてくれる人がいることがありがたいのだ、でもものをただで人に譲るにもルールというかマナーがある、図書館なら期限までには返すこと、私設図書館なら何らかの利用料のようなもの、タダより高いものはない。対等でいるためには何らかの物物交換(モノでなくても良いが)、もらったほうが借りを感じないようなシステム? 考え方? 枠組み? が必要になる。もしくは思想の実践、仲間作りの場という小さな欺瞞、孤独さを支える何らかの試みやイベント。
能登半島地震発生後のこの一年一ヵ月の間、さまざまな形で思いもかけない人たちから支援をいただいた。初期の避難所での生活、金沢の親戚や子どもたちからのすぐに食べられる食料品や水に始まり、お見舞い義援金、お心遣いやお手紙、メッセージ、手に入りにくかったブルーシートを関西のホームセンターから(子ども経由で)届けてくれた縁戚の家族、でも去年のことだからもうかなり美化されているかもしれない。
お返しは絶対にいらないから、という条件付きでお見舞を頂いた方もある。何かしたい、何かしないではいられない、そしてある状況下では確かにお金に勝るものはなかったしたの事実だ。何もなくても命さえあれば、時間とともに春が来るように、時間薬が一番効くのかもしれない。
自分は、自分をあまり大切にしてこなかったので(甘やかしてはきたが)、子どもAは、ある程度自分の生き方を選んで、家庭を持って子育てに翻弄されるライフスタイル時代にいるが、子どもBがいまちょっと不安定な綱渡り、崖の淵からジャンプしようとしている。セイフティネットはあるのか、何を武器にして生きていくつもりなのかいまいちわからない。でもなんでもそうだけど、自分で決めるということが大切だ。私自身、いくつまで生きるとか、未来ビジョンとかはほとんどない。75歳までは何らかの形で働くつもりだ。年金も当てにできない。田んぼで米を作れれば最悪、生き延びていけるだろう。身体を使って、自分と自分の家族を最低限まず守りたい。新聞や雑誌に取り上げられるような華々しい活動もできてはいないが、とりあえず古本屋稼業は辛うじて首の皮一枚で繋がっている。それが今後どういう方向に発展していくのか、もう少し長い気持ちでぜひ見守っていただきたい。

