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【骨折煉獄記 #20】肩甲骨はがしの真実と、靴に全責任を負わせた男

骨折から41日。

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「昨日はどうでした?」
僕の担当の理学療法士さんに質問されます。これには、「可動域は進展ありました?」、「休みの自分の代わりに担当した理学療法士はどうでした?」という意味が込められているのを感じました。

僕はまず、最初と比べて最後は10°動いたことを話しました。
関節角度計の計測基準が、理学療法士さん2人でベッドに合わせるか体のラインに合わせるかで違ったことは、もしかしたら「少しでもいい数値を出して患者のやる気を促す」ための、この彼なりの気遣いかもしれないと思い、あえて聞かないことにしました。

彼は、「引継ぎで、上げるのとは逆に引いて肩の前面を伸ばすアプローチをしたことが効果があったことを聞いているので今日もやってみましょう」、と言いました。
僕の担当の彼の計測基準に変換すると、昨日の前方の腕上げ(屈曲)の結果は100°まで行きました。目標は、あと数日で110°なのであと10°…といきたいところなのですが、やっぱり一晩経ってまた元通りの90°になってしまいました。
家で自主トレをしているとはいえ、まだ自分で力を入れて動かせないのでブラブラ揺らすだけです。昼間に動いたところまでの柔軟さを維持するほどの効果は得られず、実際は気休め程度でしょう。痛いけど。

いつも通りマッサージから始めながら、次の話です。
「〇〇さん(昨日の担当)は、患者さんひとり一人にどう対応すればいいかよく考えてくれてる、すごく優秀な方ですね。ちょっと言葉に棘があるけど(笑)。」
僕がそう言うと、彼はマッサージをする手を止めて、「あー」って表情になりました。僕以外にもそういう反応はあるようです。

そこからは、悩んだときに相談すると的確なアドバイスをくれる先輩だとか、優秀なのにコミュニケーションで損をしてるとか、そんな話をして、僕のひとくくりだった「理学療法士」というイメージが、実際は色んなタイプの人がいるんだなぁと枝分かれを始めました。

運動の許可

続いて、昨日効果があった、肩の前面を伸ばすストレッチに移ります。
痛い、と思ったところからさらに力が加えられます。力の入れ方はこっちの彼の方が容赦ないような気がします。

僕は、呼吸を乱しながら聞いておきたいことを尋ねました。
「体が鈍っちゃったので、ウォーキングくらいはしても大丈夫ですかね?」
そうなんです。骨折以来、一日の大半を家で過ごしていて、歩くのは病院やスーパーに行くときくらいなので明らかな運動不足なうえ、体重も増えてきてしまいました。
健康体の頃は、仕事はデスクワークでしたが、定期的にジムで筋トレをしたり、公園や土手や線路沿いの道をジョギングしたりしていました。まあ、そのジョギングで転んでバキッといったのですが。

彼は、「全然大丈夫です、でも転ばないように気を付けてくださいね」と笑顔で答えてくれました。
「ありがとうございます。もう鈍っちゃって、鈍っちゃって」と言いながら、僕は訛った体を蘇らせるという名目の、主にダイエットのためにウォーキングを始める決意をしました。…明日から。

「剥がす」ということ

今日も、解剖学アトラスが開かれます。そこは、腱板のページでした。
ここまで、僕が家でやっているセルフのマッサージは、癒着と拘縮を起こしている関節包を意識したものでした。
今日からはそれに加えて、硬くなっている肩甲下筋をマッサージしてみましょう、と彼は説明をしてくれました。

肩甲下筋は、人体の構造に無頓着だった僕にはとても面白い形をしていると思った筋肉のひとつです。
肩甲骨は背中にあります。その肩甲骨の内側から伸びてきて肩の前面にくっついているのが、4つある腱板の中で最も大きい肩甲下筋です。
体の裏側から伸びて、肩甲関節窩(胴体の端の受け皿の部分)と上腕骨頭(腕の付け根の丸い部分)の隙間を通り抜け、わざわざ体の前側に回り込んで腕の骨にくっつく…。なぜわざわざそんな裏道を通るんだ、肩甲下筋。
人体というものは、構造が複雑すぎて面白すぎます。

「あ、もしかして肩甲骨はがしって、この肩甲下筋を肩甲骨から剥がすってことなんですか?」
ふいに頭に浮かんだ疑問が口から出ます。
「いえ、肩甲骨はがしっていうのは肩甲骨まわりの筋肉をほぐして動きを出すことで、癒着を剥がすみたいなのとは全然違うんですよ。だから、『はがし』って言い方は間違ってるからやめてもらいたいんですけどね。」
さすが専門家。こうやって僕たちは、どこの誰とも分からない人間に間違った情報を植え付けられているわけですね。

その後は、左手で右の脇の下に親指を奥までねじ込み、肩甲下筋の中腹あたりを家でマッサージするやり方を教わり、最後に屈曲の角度を計測して終了です。
角度は昨日よりさらに進歩して105°。
でも、昨日の負荷なく行った100°地点から限界を超える力を入れた、無理矢理の105°です。僕は痛みを顔には出さないよう我慢しましたが、心の中は昨日とは雲泥の差で「痛い痛い痛い!」とわめき散らかしています。
間違いありません。やっぱり、力の入れ方はこっちの彼の方が容赦ないです。

僕は、ジンジンする肩を押さえながらリハビリ室を後にしました。

ウォーキングの準備

病院からの帰り道。僕はさっそく明日から始めるウォーキングの準備をすることにしました。といっても、今は日常的にジャージを着ているので、準備が必要なのはシューズくらいです。
今、履いていているのは普段用のスニーカーです。そして、家の玄関には、あの日、ジョギング中に派手に転んだ時に履いていたジョギングシューズがまたその出番を静かに待っています。

そのジョギングシューズは、転ぶ数日前に新調したばかりの、スポーツブランドのカッコいいロゴの入った、けっこういいお値段がしたものでした。
僕は、あまり縁起とかゲン担ぎというものは意識しない人間です。「祝い事は大安に」とか、「新月の夜に力が宿る」みたいな考え方は、今すぐ動けるのにその日が来るまでやらない、っていう感じでなんだか人生を損してる気がしてしょうがないです。

別に、丑三つ時を待たないで真っ昼間に藁人形に釘を打ったって良くないですか。もし僕がやるなら、それだけの恨みがあるんです。連日、昼夜問わず何体も打ちまくることでしょう。効果があるかどうかは分かりませんが、本質はそこではありません。
大事なのは、しきたりより気持ちと行動、そしてスピード感だと思うんですよね。例えは良くなかったですが(笑)。

そんな、世の中の常識や風習から脱線しかかっている僕ですが(話も若干脱線しかかりましたが)、さすがにこのジョギングシューズには「負のオーラ」を感じざるを得ません。
もちろん、このシューズが直接的な原因という訳ではないのですが、診察から入院、そして手術、その後のリハビリを始めとする出る一方の医療費。さらには、この治療期間に本来なら健康体で仕事をして稼げたはずの収入…。
この、数百万に上るであろう損失の責任をどこかに押し付けずにいられるほど、僕は人間ができていません。
「ちょっと、もったいないけど。」
僕は、そのジョギングシューズにもう二度と出番を与えることなく、お別れすることを決意しました。

そう決めた僕は、足取り軽やかに、おニューのシューズを買いに靴屋さんに向かいました。

「この間は赤だったから、今度は黄色とかがいいかなー♪」

~~ つづく ~~


この記事を読んで、怪我で不自由にしている方を見かけたらそっと手を差し伸べてあげようと思う人が増えてくれたらと思います。
そして何より、僕と同じような境遇の方の参考になり、不安を少しでも解消するのに役立ってくれたら嬉しいです。




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