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【骨折煉獄記 #22】周りよりハードなリハビリの真実と、交わされる約束。

骨折から55日。

男は我慢

腕を前に上げる屈曲の目標110°をクリアして、次の目標130°を目指して奮闘中です。今日も容赦なく理学療法士さんの手によって、僕の腕が押し上げられます。

「10秒だけ頑張りましょう。」
そう言うと、彼は僕の腕の限界を攻め…たのは先日まで。最近は明らかにレベルが上がって、僕の限界を越えた領域に踏み入れます。
肩の動きが打ち止めしているところからさらに負荷をかけるので、冗談抜きで「ギチギチ…」と肩の繊維が伸びてるんだか切れてるんだかみたいな音が内部に響き渡ります。

「#$*&¥!!」
声にならない声を出しながら僕は悶絶します。治療を受けているのは肩ですが、足が勝手にのたうち回ります。
彼は、「ごめんなさいねー」と笑顔で言いながら、力を緩めることなくしっかり10カウントします。

10秒の地獄を終え、僕の腕を下ろし、そのまま頑張った右肩をマッサージしながら彼が言います。
「〇〇さんは、他の患者さんより『イキチ』が高いからリハビリし甲斐がありますよ。」
聞きなれない言葉が出てきました。
「…っ。い、イキチっていうのはなんですか?」
あまりの痛さに一瞬声が出ませんでした。
すると彼は、驚くべきことを語り始めました。

「イキチっていうのは『閾値』って書くんですけど、『痛みを感じるまでのライン』みたいなものですね。ほとんどの患者さんは、僕が2~3割くらいの力を入れるだけで痛いって言われちゃいますけど、〇〇さんは閾値が高いから8~9割くらいの力でやってますよ。こんなに体重をかけられる患者さんは初めてですよ。」
なるほど、閾値。僕も仕事で「この数値を越えたら教えてね」といった判断基準として閾値という言葉は使っていました。ただ、読み方は「シキイチ」でしたが。
どうやら「イキチ」という読み方をするのは、医学や生理学といった分野特有のものらしいです。

…なんて、そんな冷静に用語のことを考えている余裕なんてありません。僕はすぐに言葉を返します。
「いやいや、めちゃくちゃ痛いです、高くなんてないです。」
ですが、そんな僕の魂の訴えに返ってきたのは、爽やかな笑顔だけでした。

弱音を吐きはしましたが、実際問題、月に数回来て2~3割くらいの力のリハビリを受けて巣立っていく患者さんたちに対して、僕は週6日も費やして、ほぼ全力で負荷をかけてもたいして良くならないのが実状です。
これは、僕に課せられた試練と受け入れるしかなさそうです。

でも、10割フルパワーになるのはご勘弁です。今度は別の骨が折れちゃいます(笑)。

痛みに耐えた成果

骨折から61日。

今日は、新たな目標、屈曲130°の診断日です。
限界突破のリハビリは、言い換えれば、「目標期限に合わせて負荷を調整」なんて考えずにずっとメーターが振り切ったままということです。
最近は、時間いっぱい拷問をして可動域は広がったはず、という感じで数値の確認はしていませんでした。

「リハビリをしてから、最後に測りましょうか。」
前回は開始早々に計測だったので、なんだか嫌な予感がしました。そして、今日も張り切ってリハビリが始まります。

「もう骨折して2ヶ月ですね。左手の生活にもすっかり慣れたんじゃないですか?」
嵐の前の静けさともいえる、ストレッチをしながら彼が聞きます。
「そうですね。左手で箸もペンも扱えるようになりましたからね。あ、フリスビーも左手で安定して投げられるようになりましたよ。」
それを聞いた彼は、左手でフリスビーを投げるような動きをして首を傾げます。
「それは器用すぎですよ。大怪我したら普通は大人しくするのに、〇〇さんは行動力ありすぎです。」
僕は、何でも「やりたがり」なので、あまり大人しくしているのは性に合いません。そのおかげで色々と手を出してしまうので、無駄使いばっかりですが。
「生活は普通にできるようになったので、そろそろお酒を飲みに行きたいですね。僕の装具が外れたら一緒にどうですか?」
僕は、ビールが好きという話を聞いていた彼を誘ってみました。
「いいですね、ぜひ行きましょう。」
また新しい楽しみができました。

そして、満を持して嵐がやってきます。彼は立ち上がると、本格的にいつもの拷問を始めます。
でも、相変わらずの激痛でしたが、お互いのお気に入りの飲み屋さんとかお酒の話をしながらだったので、ほんの少しいつもよりは楽だったような気がします。
…嘘です、しっかり痛いです!

リハビリを終えると、彼が僕の腕を上げていき、限界からちょっと押したところで計測を始めます。
「ひゃくにじゅ・・・130°ですね。」
おそらく、わずかに130°には届かなかったのでしょう。でも、彼のことです。最近の拷問に耐えている僕のことを想って気を遣ってくれたんだと思います。
「なんとか進歩してますね。」
僕はそう返して、彼の好意を受け取りました。

そして、先生からオーダーが出ているはずですが、この130°を最後に、目標角度とその期限が提示されることはなくなりました。

近付く距離

帰り際。飲み会も控えているしLINEを交換しておこうということで、彼は僕のIDをメモしようとメモ帳を取り出しました。
僕は「あ、大丈夫ですよ」と言って、常にスマホケースに1枚だけ忍ばせているLINEのQRコードが入った名刺を得意のマジックで出現させると、驚く彼に渡しました。

夜、LINEを登録してくれた彼から来た連絡に対し、世界では医療現場でも使われていると話したら興味があると言ってくれた、「催眠」についてまとめた記事のPDFを返信しました。
ちなみに、この記事はnoteにも投稿したのですが、投稿版は情報の裏取りが薄かったり、方々からツッコミやクレームが入りそうな話はカットしました。なので、彼に送った遠慮なしのオリジナルは、投稿版の4倍くらいの文章量があります。

「あくまで参考として読んでください。めっちゃ長いけど、これ以外にもまだまだ教えたいことがあるので。」
参考とは言っておかないとね。それよりも、「語りたがり」の僕に火を点けたことを彼は後悔しているかもしれませんが、もう手遅れです(笑)。

~~ つづく ~~


この記事を読んで、怪我で不自由にしている方を見かけたらそっと手を差し伸べてあげようと思う人が増えてくれたらと思います。
そして何より、僕と同じような境遇の方の参考になり、不安を少しでも解消するのに役立ってくれたら嬉しいです。




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