見出し画像

【骨折煉獄記 #番外編】右腕を失って気づいた、世界の構造と名もなきヒーローたち

【はじめに】

突然ですが、皆さんは今日、どちらの手でドアを開け、どちらの手で水道の蛇口をひねりましたか?
おそらく「意識すらしていない」という人が大半だと思います。

僕は先日、骨折と手術を経験しました。僕の利き腕である右腕はその機能を停止し、そこから始まったのは、不慣れな左手のみで全てをこなさねばならない苦悶の日々でした。
そして、その左手生活を送ることで、今まで見えていたのに見えていなかった、そんな景色に気づくことになります。

それは、この社会に蔓延する「多数派に合わせた仕組み」であり、街に溢れていた「赤の他人の、心に染み渡るほどの優しさ」でした。


1. 世界は右利きに合わせて作られている

日本人の「利き腕」の比率がどれくらいかご存じでしょうか。
諸説ありますが、右利きが89%、左利きが9%、両手利きが2%と言われています。
そして、この圧倒的な多数派である右利きに最適化されて作られているのが、僕たちが普段何気なく暮らしているこの社会です。

健康だった頃の僕は、この「9割社会」に疑問を持ったことなど一度もありませんでした。なぜなら、自分自身がその恩恵を受けている右利きだったからです。
しかし、右腕を封印され、左手一本で家の外に出た瞬間、街の至る所に仕掛けられた「右利き専用のトラップ」が、次々と僕を襲いました。

まず、最初の洗礼を受けたのは、電車で病院へ向かうための、駅の「自動改札機」でした。
皆さんは意識したことがあるでしょうか。自動改札機のスマホやICカードをタッチするセンサー、そして切符の投入口は、例外なくすべて「通路の右側」に設置されています。
右手が使えない、そして、いざという時にしかタッチ決済を使わない現金派の僕は、左手に切符を持ち、体を不自然に右側へねじり、まるでヨガの難解なポーズをとるようにして、左手をクロスさせて切符を投入口に投げ込みました。
床に切符を落とそうものなら後ろの皆さんに迷惑をかける大惨事必至なので、このクロスプレイは冷や汗ものです。

病院で診察を終え、何時間も待合室で待ちぼうけだったのでカラカラになった喉を潤すため「自動販売機」の前に立ったら、ここにもトラップがありました。
硬貨の投入口も、お札の差込口も、ご親切に番号で簡単に買えるボタンすらも、すべて僕から見て「右側」に集約されています。自動改札機のように体をひねる必要はありませんが、現金派(2回目)の僕が左手でお金を入れようとすると、自分の体が自販機の右側にはみ出すという、はたから見たらさぞ異様な購入姿だったはずです。
ドリンクを手に入れた後も、左手一本でプルタブを開けるのは至難の業です。缶を太ももで挟み、左手の人差し指をプルプルさせながら開ける姿は、はたから見たらさぞ異様な(2回目)開栓姿だったはずです。

さらに、日常の何気ない動作にも右利きの壁が立ちはだかります。
退院後、とあるアイデアでTシャツをぶった切ろうと、ハサミを握った時のことです。ハサミを左手で動かそうとしたのですが、全く布が切れません。
そこで僕は思い出しました。世の中には「左利き専用のハサミ」というものがあるということを。
一般的なハサミは、右手で握った時に刃と刃が噛み合うように設計されています。それを左手で握ると、逆に刃を広げる方向に力が逃げてしまい、紙一枚すらまともに切れないという、なんともよくできたアイテムになっています。
仕事で、作業効率を最適化するために、エルゴノミクス(人間工学)を少し学んだことがありますが、このハサミの構造には脱帽の極みです。

駅、街中、そして家の中。
意識してみると、ドアノブ、PCのマウス、バイオリン、ガチャガチャの回す方向に至るまで、この世界のあらゆるものは「右利き」を前提に構築されています。
左手のみで生きるということは、それだけで、毎日何十回と「小さな不便の壁」と戦い続けることでした。
多数派の中にいるうちは決して見えなかった、左利きの人たちが日々感じているであろう「ちょっとした生きづらさ」の片鱗を、僕は骨折という強制的な利き腕の封印を通して、身をもって知ることとりました。

2. 装具が引き寄せた、名もなきヒーローたち

右腕を封印されたことによる「9割社会のトラップ」に日々冷や汗を流していた僕ですが、一方で、家の外に出るのが少しだけ楽しみになるような、不思議な変化も起こり始めていました。

そのきっかけとなったのが、僕の右腕を覆う、黒くて大きな「装具」という拘束具です。これは客観的に見れば、一目で「私は今、腕が使いものになりません!」と周囲にアピールする、やたらと目立つ看板のようなものでした。しかも、骨折といえば一般的にイメージされる白い三角巾とは重厚感が違います。

この派手な拘束具を身にまとって街へ出たとき、それまでの僕の人生には決して登場しなかった「ヒーロー」が、次々と目の前に現れることになります。

最初のヒーローに出会ったのは、スーパーで買い物をしたときのことでした。
たいした量も買わないのにカートを使い、いつものセルフレジではなく有人レジに並び、もたつきながら支払いを済ませた僕に、レジの店員さんは装具を経由して僕の目に視線を移し、笑顔を浮かべて「袋に入れましょうか?」と声をかけてくれました。

この時は、「大丈夫です、ありがとうございます」と笑顔で返して自分で頑張って袋詰めをしましたが、これ以降の買い物で、同様に声をかけてくれる店員さん、カゴをレジから袋詰めをする台に移動してくれる店員さん、何も言わずに商品のバーコードを読ませたそばから袋に入れてくれる店員さんに出会いました。
後ろに他のお客さんも並んでいる忙しそうな状況にもかかわらず、マニュアルを超えたその温かさに僕の胸の奥は熱く震えました。

またある時は、お店に入ろうと重みのある手動のガラス扉に向かうと、僕の数メートル前を歩いていたスーツ姿の男性だったり、ちびっ子を連れたお母さんだったり、パッと見は不愛想な感じの高校生だったりが、扉を開けて振り向き「どうぞ」と僕を先に店内に促してくれました。

まだあります。すっかり鈍った体を少しでも動かそうと、近くの公園でウォーキングをしていた時の出会いでした。
腕を振らずに歩くのはバランスが崩れるのか、意外と疲れます。やれやれと木陰にあるベンチに腰を下ろして一休みして周囲を見回すと、少し離れた芝生の中にあるステージの上で学生さん2人組が、スマホを立てかけてダンス動画の撮影をしていました。
今どきだなぁ、と眺めていると、一曲終わったところで片方の学生さんと目が合った感じがしました。彼女はもう片方の子となにやら話をして、2人でチラチラこちらを見ると、まっすぐに2人並んで僕の方へ歩いてきました。
僕の目の前まで来た彼女たちは、驚くほど優しい声で「大丈夫ですか?体調が悪いなら…」と声をかけてくれました。装具をしている僕が座り込んでいる姿を見て心配してくれたようです。
「え?何、絡まれんの?」とちょっと身構えた自分が恥ずかしいです。
僕はすぐに「あ、ちょっと疲れたから休んでるだけなんで。ありがとうございます」と感謝を伝えました。
その後、少しだけ会話をして、「何を流して踊ってたんですか?」と聞いて、返ってきた曲名に「いいですよねー」と、知らないのに話を合わせようとしたのは内緒です。でも、その後すぐに話題を変えられたので、多分バレてたんだと思います。若者に気を遣わせちゃいました(笑)。

家族や友人、あるいは会社の同僚といった身近な人たちが気を遣ってくれるのは、ある意味では当然なのかもしれません。けれど、スーパーの店員さんたちも、扉を開けてくれた方々も、公園でダンスを踊っていた学生さんたちも、みんな僕の名前すら知らない「赤の他人」です。
ただの「その辺の怪我人」に、そっと手を差し伸べてくれた。
彼らが何気なくくれた小さな優しさが、僕の「絶望」でしかなかった骨折を、新しい世界を見せてくれた「贈り物」に変えてくれました。

最後に

骨折という想定外のトラブルによって、僕の日常は一変しました。生活は困難の連続で、リハビリは拷問だし、積もる医療費に頭を悩ませたりもしています。

けれど、もし骨折をしていなかったら。いつも通り右利き用の便利な社会を、何不自由なく大きく腕を振って歩いていたら。
僕は、駅の改札で左手をクロスさせて苦戦している人のもどかしさに、一生気づけなかったと思います。ドアノブや、エレベーターのボタンの配置に隠された多数派のための構造に、目を向けることもなかったでしょう。
そして何より、僕の目の前を通り過ぎていく赤の他人たちが、これほどまでに優しく、温かいヒーローであるという事実を知らないまま、人生を過ごしていたに違いありません。

右腕の自由を奪われたことで、代わりに、僕は新しい「視点」を手に入れることができました。自分が健康なときには見えていなかった、誰かの小さな不便。そして、その不便にそっと手を差し伸べる、誰かのさりげない優しさ。
僕は、まさか自分で「世の中、捨てたもんじゃないな」と口にするとは思いもしませんでした。

だから今度は、街で『あの時の僕』のような誰かを見かけたら、今度は僕がそっと扉を開ける、誰かのさりげないヒーローの1人になりたいと思います。

~~ おしまい ~~


この記事を読んで、怪我で不自由にしている方を見かけたらそっと手を差し伸べてあげようと思う人が増えてくれたらと思います。
そして何より、僕と同じような境遇の方の参考になり、不安を少しでも解消するのに役立ってくれたら嬉しいです。




いいなと思ったら応援しよう!