【骨折煉獄記 #17】楽勝なはずの「微々たる角度」の壁。始まる週6日の戦い。 ※腕の動きの画像あり
骨折から33日。
目標設定
2回目のリハビリです。前回と同じイケメン理学療法士さんが待合室に迎えに来てくれます。
「お待たせしました、今日もよろしくお願いします。」
うーん、爽やかです。僕はよろしくお願いします、と返して一緒にベッドへと向かいます。
装具を外した僕は、前回はジャージのままでしたが、今回からはジャージを脱いでTシャツでリハビリを受けることにしました。
「今日から2週間で、先週90°まで上がることを確認した、前に腕を上げる方向で、110°が目標になります。」
それを聞いた僕はすかさず答えました。
「屈曲ですね。」
それを聞いた彼は驚いた様子で、「よく知ってますね」と言いました。
先週、初めてのリハビリを受けた僕は、家でリハビリについて少しずつですが、予習を始めました。新しい知識を得ることが好きというのもありますが、自分の身体を良くするための処置がどんなものなのか、しっかり知っておくべきだと思いました。
腕の動きには、動く方向によってすべて名前が付いています。僕が答えた、腕を前に挙げる方向は「屈曲」、逆に後ろに引く方向は「伸展」と言います。

「ふふふ、勉強してきました。」
僕はドヤ顔で言いました…のも束の間、すぐに重い現実を知ることになります。
高すぎる目標
ベッドに仰向けになると、彼が僕の手首を掴み、腕を持ち上げ始めます。
ですが、僕のTシャツが加工されていることに気づいた彼は手を止めました。僕は、脱ぎ着が肩が痛んで大変なので肩を動かさずに着替えができるように切っちゃいました、と説明しました。
「凄いですね。そんな発想する患者さんに出会ったの初めてですよ。」
褒めてもらいました。本当は僕のアイデアではなく、家族のアイデアなのですが手柄はいただいちゃいましょう。
気を取り直して、腕が天井に向かって真っすぐ上げられます。前回と同じ、これで90°。少し肩が重たい感じがしますが痛くはありません。目標は、2週間後にあと20°進めた、110°です。
たった20°、楽勝でしょう。彼がさらに動かそうと力を入れます。
「あ…」
動きません。まるで肩にストッパーでもあるかのように、僕の腕は真上から先に微動だにしませんでした。
僕たちはお互い目を合わせて笑いました。もう笑うしかないです。
「頑張りましょう。」
そう言うと、彼は奥からガラガラとキャスター付きのスタンドに吊られた骨格標本を連れてきました。
それを見て、僕は高校生の時に遊びに行った街の雑貨屋で一目ぼれして3万円で買った骨格標本もどきを、入りきらない紙袋から手や足をはみ出させながら電車で連れ帰ったエピソードを語ろうかと思いましたが、まだ中二病をオープンにするには早いと思いやめておきました(笑)。
彼は骨格標本をカラカラいわせながら説明してくれます。
「〇〇さんのレントゲンを見たんですけど、正常な左肩と比べると、右肩の骨頭が少し上にいるんですよ。だから腕を上げた時に余裕がなくなって引っかかっちゃう感じなんだと思います。」
肩の関節はお皿の上を丸い玉がコロコロ転がるような動きをします。そしてその間には常に隙間があるのが正常です。僕の肩はその隙間が片側に寄ってしまっているので、動きに制限がかかるといった状態のようです。
周りをほぐす
続けて、この肩の周りを包み込んでいる「関節包」というものがあることを教えてくれました。これは、体の中でも特に複雑な動きをする肩を包み、その中に「関節液」という潤滑剤を分泌することで滑らせるように動かせているということでした。
そして、手術から今までほとんど動かさなかった僕の関節包は、「癒着」というくっついてしまう状態と、「拘縮」という固まってしまう状態が起きてしまっていて、これも肩の動きを制限する原因になっているそうです。
この癒着と拘縮をなんとかしないと先には進まないということで、今日はひたすらマッサージすることになりました。前回からの宿題で、固まっているから左手でマッサージするよう言われていた僕は、手術の傷口を避けてモミモミとマッサージはしていました。
ですが、プロは違いました。
Tシャツをペラッとめくり傷口の状態を確認した次の瞬間、傷口の位置なんてお構いなしで強烈な指圧が始まりました。
痛い!!
声には出しませんでしたがめちゃくちゃ痛いです。傷口が開いちゃうんじゃないか、いや、くっつきかけの骨がまた取れちゃうんじゃないかというくらいの怒涛のマッサージです。
呼吸もできないほどの痛みに、さすがに僕は質問しました。
「け、けっこうハードなんですね」
そう言うと、彼は笑顔で答えます。
「関節包は骨のすぐ周りにあるものなので、一般的な表面的なマッサージじゃ弛緩させられないんですよ。それに、〇〇さんはすごく珍しい折れ方をしてるんで厄介です。」
僕がこの一週間やっていたマッサージはただのお遊びでした。しかも、僕の関節窩(お皿の部分)はそう簡単に折れるものではないらしく、ここに負荷がかかったときは普通は脱臼することによって力が逃げるので骨折するようなことはないそうです。彼もここが折れた患者を看るのは初めてということでした。
僕は脱臼と骨折のコンビネーション…。なんだか、彼の笑顔が悪魔のソレに見えてきました。
始まる週6の戦い
「今日は多めに頑張ったし木曜日なので、少し休ませて来週から本腰を入れてがんばりましょうか。」
その提案、大賛成です。手術後のあの激痛まではいきませんが、冷や汗が出るレベルで肩がズキズキ悲鳴を上げています。僕は、「ぜひ、そうしましょう」と答えるのがやっとでした。
今日の地獄は終わった。家に帰ったら痛み止め飲もうかな、そんなことを思った時でした。
「じゃあ、月曜から土曜まで、予約を入れちゃっていいですかね?」
「え?」
彼が言い終えると同時に僕は声を上げました。
月曜から土曜、つまり病院がお休みの日曜日以外の6日間すべてです。ですが、2週間でこのまったく動かない肩をあと20°動かさないといけません。珍しい折れ方をしているというパワーワードも脳内に響きます。僕は、お願いします、と来週のフルコースを予約しました。
家に帰り、鏡の前でTシャツをめくると、傷跡が赤く、少し水膨れのようになっています。
「そりゃ、あんだけやればそうだよね」、そう思いながら左手の指を傷口を避けて添え、グッと力を入れましたがあの肩の内部に響く圧力を感じることはできませんでした。
僕の握力が弱いからということではなく(弱いですが)、痛いながらも力任せというわけではなかったので、理学療法士さんの肩の内部に力を効率的に届ける繊細な技術に素直に感心しました。
~~ つづく ~~
この記事を読んで、怪我で不自由にしている方を見かけたらそっと手を差し伸べてあげようと思う人が増えてくれたらと思います。
そして何より、僕と同じような境遇の方の参考になり、不安を少しでも解消するのに役立ってくれたら嬉しいです。
