【骨折煉獄記 #19】一歩進んで二歩下がる。そこに世界は2つある。 ※自主トレ画像あり
骨折から40日。
正しい角度
今日は、僕の担当の理学療法士さんがお休みの日です。
待合室で待っていると、リハビリ室の中から出てきた30代前半くらいの方が僕の名前を呼びます。僕が返事をすると「どうぞ」と言ってすぐにリハビリ室の中に消えてしまいました。
おや?と思いながら、僕は彼の後を追ってリハビリ室に入ります。
ベッドに着くと、「〇〇です。じゃあ準備お願いします。」といつもの担当の方よりずいぶんあっさりした対応です。
僕が装具を外して仰向けになると、すぐに「じゃあ上げます」と僕の手首を掴んで腕を上げ始めます。昨日、リハビリ後に真上の90°を超えて95°を記録しましたが、一晩経って硬さを取り戻した僕の肩は、腕を90°までしか動かしてくれませんでした。
「80°ってところですね。全然ですねー。」
80°と言われてしまいました。しかも、なんだかさっきから感じがあまり良くない人です。
「〇〇さん(いつもの担当)には、これで90°って言われたんですけどね。」
ちょっと語尾を強めてしまいました。昨日、5°の進歩にあんなに喜んだのに、初期状態で逆に10°少ないと言われて僕は心外でした。
すると彼は、「本当に?」とでも言いたげに僕の腕を押さえながら、関節角度計を当てて計測をしました。結果は、変わらず80°。
でも、どうやらその測り方に担当の方と違いがあるようです。担当の方は、関節角度計をベッドの上に置いた状態でバーを動かして僕の腕に合わせていました。すなわち「ベッドに対して何度か」を測っていました。
それに対して今回の彼は、片手で器用に関節角度計を空中に浮かせて僕の体のラインに合わせているようです。これは「僕の姿勢に対して何度か」を測っているということです。
確かに、真上まで腕を上げられると肩が痛むので、それをかばう様に僕は若干背中を反らせていました。わざとではなく、痛くて反っちゃうんです。これなら天井に真っ直ぐ手が向いていても僕の体単体で見れば80°になるのも納得です。
なるほど。でも、そういうのは統一しておいてくれないかなと思いながら、僕はもう語尾を強めることはやめました。
覆る第一印象
リハビリが始まります。いつもの担当の方とは、ここで雑談が始まるのですが、今日はほぼ無言です。マッサージを受けながら、たまに「なんで怪我したんですか?」と聞かれたり、「ここは長いんですか?」と聞いてみたりしますが、どれも一問一答。一言で答えて話が広がることはありません。
さすがに、この空気に耐えられないと思った僕は、病院で出すことになるとは思いませんでしたが、相手のことをよく知りたいときに言葉を引き出すための「会話モード」にスイッチを入れました。
「なにかスポーツとかされてるんですか、ゴルフとか?」
見ると、顔より首の後ろや腕の方が日焼けしています。それに、肩回りもちょっとがっしり感があるので前傾姿勢の何かをしているのは間違いないでしょう。ゴルフはただの勘です、違っても別の会話ルートに進むので問題ありません。
すると彼は、今まで見せなかった笑顔を少し浮かべて「あ、分かります?」と答えました。
チェック(=王手)!もうここからは僕のターンです。
表現は悪いかもですが、僕はこの感じになったとき、脳内に僕を中心に蜘蛛の巣が広がるイメージが浮かびます。以前は、意図的にイメージを浮かべて自分を奮い立たせていたのですが、今は勝手に浮かぶようになりました。
これが中二病です(笑)。
色々と聞いてみると、ゴルフ以外にも様々なスポーツをやっていたり、オープン仕様の車で友達を乗せてドライブに行ったりと、無口で一人が好きなタイプかと思いましたが全然そんなことはありませんでした。
なにより、家の本棚に「肩だけ」、「膝だけ」といった部位単独の専門書が並んでいて、日常的に勉強をしていると話してくれました。
他の方々もこんなに勉強家なのでしょうか。少なくとも僕は、会社から一歩出たら仕事のことは考えたくもない…リフレッシュしてプライベートを楽しんでいました。
ここでチェックメイト(=詰み)です。その後は、ちょっと僕がついていけない専門用語も使いながら、他の患者さんの症状や、それに対するリハビリの彼なりの考え方などを熱く語ってくれました。
なんだ、相変わらず口は悪いですが、めちゃくちゃいい感じの人じゃないですか。
僕の中で、さっきまでの「ちょっと感じの悪い理学療法士さん」から「めっちゃ優秀な理学療法士さん」に印象が書き換わりました。
相手が「?」を浮かべているのには、ちょっと気づくのが鈍いみたいですが(笑)。
新たなアプローチ
そんな会話をしながらひとしきりマッサージをして、一旦腕の可動域を確認です。
80°、変わらずです。
すると、仰向けのまま、右腕だけはみ出すようベッドの右側に移動するよう言われました。
「ちょっと後ろに伸ばしてみましょうか。」
いつもの担当の方も、そして今日の今までも、マッサージをする&腕の可動を確認する、をひたすら繰り返していました。
ですが、ここで腕を上げるのとは逆方向、ベッドの下に垂らすように腕を後ろに引く方向(伸展といいます)にグーッと動かします。
肩の前面が伸び、手術の傷口がつっ張るような感覚があります。ちょっと痛みはありますが、じわじわ伸ばされる感じが痛気持ちいいです。
しばらく伸ばした後、腕を上げて可動域を確認。
「九十・・・度ですね。」
90°。今日のスタートは彼の計測で80°だったので、10°の進歩です。
押してダメなら引いてみろ、というのか、上げるのとは逆の引くというアプローチをすることにより、あっさり昨日を上回る成果が出ました。しかも、昨日は無理やり腕に力を入れて5°の進歩でしたが、今日は脱力状態での数値です。
このアプローチが標準的なものなのかは分かりませんが、色んな引き出しを持って視点を変えながら正解を探るという彼の姿勢に、僕は感心すると同時に「見習わなくちゃ」と静かに呟きました。
そこで時間となり、僕は「またよろしくお願いします」と言って帰路に着きました。
夜な夜なの自主練
週6日、リハビリに通っているとはいえ、1回の時間は40分だけです。僕は家でできることはないかと教わった自主練も日課のひとつになっていました。
痛みで冷や汗が出るので、いつも自主練をするのはお風呂に入る前です。
やることは、装具の腰の紐を外して、前にお辞儀をして装具に包まれたままの腕を重力に任せて真下にぶらんと垂らす。これで、仰向けになって真上に腕を上げたのと同じ状態まで動かせます。
その状態で、自分で力は入れずに軽く前後にブラブラと振って肩をほぐします。大きくは振っていませんが、それでも可動域限界付近で動かすと骨が軋むような痛みが走ります。

この他に、CRPS(原因不明の難病)を予防するための腕の曲げ伸ばしと手のグーパー運動をしています。
今日からは、やり方を教わってきたので、ベッドの端で腕を下にだらんと垂らす(力は入れずに垂らすだけ)ストレッチもやることにします。これはベッドでやるから、寝るときでいいかな。
就寝前のストレッチ
さあ、さっそくストレッチです。僕は装具を外してベッドの端に寄ります。
そしてゆっくりと腕を・・・痛った!
肩がめちゃくちゃ痛いです。僕はすぐに下ろした右腕を左手で救出してお腹の上に乗せました。
振り返ってみれば、病院では彼が腕を支えて下せるところまで下してくれました。対して、家で僕が自分でやると支えがないので、そもそも前提条件が違います。
それに、冷静に考えると、自分で力は入れないよう言われはしましたが、実際は肩に力を入れたくても痛くて力が入らないのが現状です。
そんな状態でベッドから出した腕は、自由落下に近い勢いで奈落へ落ちていきます。健康な左腕だって、真下(マイナス90°)まではいかないのですから、右肩に早々に激痛が走るのは当然です。
しかも、仰向けの姿勢を崩して左手で助けに行かないと右腕は現世(ベッドの上)に返ってくることができません。
これは一人で行うのは不可能です。
「家族に手伝ってもらって」の一言がなかったのは、言わなくても伝わると思っていたからなのかな。
家族に腕を支えられながら、今日の彼の顔が浮かびました。
~~ つづく ~~
この記事を読んで、怪我で不自由にしている方を見かけたらそっと手を差し伸べてあげようと思う人が増えてくれたらと思います。
そして何より、僕と同じような境遇の方の参考になり、不安を少しでも解消するのに役立ってくれたら嬉しいです。
