【掌編小説】Love or Love
夏の朝が好きだ。朝露に濡れる草も、山に薄くかかった霧も生命力に溢れて輝いている。
「小池!おはよう! 」
声が聞こえるが早いかで背中にドンと衝撃が走り、大きくよろけて手をついた。
遠山愛がこうして俺の背中にタックルするのは、俺達の間の朝の儀式だ。それにしたって今日はいつもより強すぎる。
「遠山〜、そんな強いのはナシだろ! 」
「景色に見惚れるなんて、おじいちゃんみたいなことしてるからじゃん! 」
おじいちゃん……。彼女には、朝の景色を愛でるような、風情とか情緒は無いのだろうか。侘び寂びだって、最近習ったばかりじゃないか。
「……まぁ、確かに今日のは強すぎたかも。ごめんね」
くりくりした目を細めて、白い歯を見せて笑うのが愛くるしい。
愛ってなんだろう。ドラマや映画では、男も女も激しい恋をして、泣きながら「愛してる」と言う。
愛は恋の最上級なのだろうか。
でも、産まれてきた子どもに「愛してる」と言うシーンもたくさん観たし、恋をした親が愛する子どもを捨てていくシーンも観たことがある。
だったら、俺が遠山愛に目を奪われる気持ちは、恋なのだろうか?愛くるしいと思いつつ、まだ涙なんか出てこないから。
「小池! 」
愛の声で我に返る。
(そういえば、俺達が結婚できたら、彼女は『こいけあい』なんだよな)
恋と愛がますますわからなくなった。
「あぁ、俺がボーッと考え事するのは、いつものことじゃん……。それより、今日は遠山がおかしいよ」
タックルはやたら強かったし、いつも愛くるしい笑顔はさらに眩しい。
その時、彼女は一気に真っ赤になってはにかむように口を開く。
その艶めいた動きに、嫌な予感がした。映画の中の女優が恋をした演技をした時の、あの雰囲気がする。
「昨日、告白されてOKして……。付き合ってるんだ」
「だ、誰と?!! 」
「二組の尾ノ上君! 」
誰だよ! 愛のことは俺がガッチリガードしていたのに。隙を見て告白したなんて、尾ノ上はきっとチャラいに違いない。
そう思っていると、愛から更に突き刺さる言葉が飛んできた。
「尾ノ上君、小池のこと誤解してて。あんまり良い顔しないんだ。だから、朝の儀式も今日で終わりね! だからめっちゃ気合い入れたんだ! 」
俺は、どこの誰とも知らないチャラ男の為に、あんな痛い思いをしたのか。
それにしても、チャラいくせに嫉妬はするのか?
俺は、どんなふうに尾ノ上とやらに文句を言ってやろうかと頭をフル回転させながら歩いた。愛が隣で何か言っていたのも耳に入らない。
校門が見えてきた時、愛はさらに目をキラキラさせて、二十メートル先にブンブン手を振った。
「尾ノ上君!じゃあね、小池。これからは邪魔者も居なくなるし、早く彼女作ってね」
尾ノ上と呼ばれた男子は、俺の都合の良い解釈とは真逆の、チャラさの欠片も見当たらない好青年だった。
キラキラの背景を背負っている。少女漫画から抜け出てきていたと言われても、全然おかしくない。
敵わない。
しかも、思い出した。俺がすごい顔をして尾ノ上君をとっちめる計画を立てていた間、彼女が何を言っていたのか。
「それにね、私が尾ノ上君と結婚したら、『あいうえお』が揃うんだよ! 」
そんなの、『こいけあい』より断然強い。
「俺じゃ、ダメなのか……。ダメなんだ」
去っていった彼女が尾ノ上君と手を繋いで見つめ合うのを見ながら、俺は、ドラマで何度も男が言ってきた台詞を呟き、やっと泣いた。
俺は、あいつを愛してたんだ。
〈了〉
(本文:1398字)
#モノカキングダム2025 に応募する小説として書きました。
あぁ!楽しかった!
「相」とか「AI」とか色々考えましたが、高校時代に「愛と恋の違いって?」と思っていたことを思い出しながら書きました。
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