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ポール・ブールジェ「恋愛における分析精神ーー『アドルフ』評」

 19世紀初頭に書かれた本の中で、『アドルフ』は今でも最も新鮮で関心を引く作品であり続けている。私自身、何年も前に偶然この小さな本を手にし、熱狂して読んだ。今、私はこの分析小説の傑作に出てくる文章をほぼ全て覚えているのだが、それでもまだ他のどんな本よりも私の心を揺さぶる。この短い物語には、現代芸術に見られる手法が含まれていない。すなわち、身体的特徴の描写、環境、会話などが、この作品には全く見られないのである。裸であるかのように素朴で、無味乾燥に思えるほど簡潔に語られ、灰色で痩せ細っているかのように色彩を欠いているのだ。しかし、人間の真理が胸を刺すような表現で描かれ、心理学的な解説の的確さは完璧であり、精神的な苦痛は写実的で生き生きとしている。そのため、美的観点から批判をしても惨めな言いがかりにしかならず、直すところも付け足すことも何もないように思われるのだ。『アドルフ』の文章の不器用さや荒々しさは、不可欠な要素なのである。
 コンスタンの『日記』と『家族への書簡』が公開されたことで、この小説の魔力は、まずそれが肖像画であり、しかも肖像画の中でも最も新しく、最も勇敢なものであるという点にあるということが分かった。この青年は、愛人を苦しめることが耐えられないという優しさを持ちつつも、彼女の献身に気を休められないほど不安で、自分の退屈を少しも隠すことができないエゴイストで、自分の失敗から目を逸らすことができないほど明晰である。卓越していながらも手足をもぎ取られているこの存在の中で、極度に優柔不断な性格と、自分を知るという実に男性的な能力が混じり合っている。自分を傷つける感受性だけを残して、他の全ての属性を失ってしまったような人間である。この、幻想なき傲慢な人、希望なき情熱の人、幸福なき恋する人、それこそがコンスタンなのである。日記と書簡集がそれを明らかにしてくれたのだ。彼は、本の文章から一つを引用するだけで表せるような存在ではない。一つ一つの文章が、彼の魂に秘められた一つ一つの傷を写しとっているのである。そしてそれは、我々の時代の苦痛でもある。彼は告白の誠実性を突き詰め、我々が自分の弱さを環境のせいにする時の言い訳を『アドルフ』から一切排除した。そして、コンスタン自身と同じ性格を持つ悲しき主人公の行動を説明することのみに尽力したのである。実際、エレノールは全く描写されていない。バンジャマン・コンスタンという人間の中にいる観察者が、エレノール個人に関する特徴のようなものを一貫して全て拒絶したのである。あるのは愛する人としての苦痛、それだけである。作者は、自分によく似た人物に光を当て続けたかったのである。その悲しい物語は、ボーモン夫人がコンスタン自身に対して言った次の言葉に対応している。「彼は、自分のことを好きになれなかったのだ……」[注1]
 「私が嫌いなのは」コンスタンは最後のページに書いている。「私が嫌いなのは、虚栄心が自分で悪を生み出しておきながら、それを一生懸命に語り、自らを描写することで厚かましくも同情を誘おうとし、廃墟の中を不滅に漂いながら、悔い改める代わりに自己分析を繰り返すことなのです。」……自己について考えすぎることをこれほどまでに厳しく非難した人がかつていただろうか。そして、コンスタンほどに自分について考えすぎた人もやはりかつてなかった。彼が手に入れたこの危険な能力は、アミエル同様[注2]、極めた結果、他人にも当てはまる典型としての価値を持った。それによって、『アドルフ』の人物描写は非常に個人的であるのと同時に、普遍的なものにもなったのである。しかし、コンスタンとアミエルの間には大きな違いがある。アミエルは、行動する力を完全に失いながらも、純粋な思想の世界にとどまった。彼の分析は、言ってみれば、虚無の中を戯れていたのである。それに対してコンスタンは、誘惑者であり、決闘者、遊び人、政治家である。しかし、両者とも、人生で起こる出来事は全て解剖分析の対象であるという考えが共通していた。彼らは、その解剖を丁寧に繊細に行なった。それによって、感じたものは心から消え去り、痛ましい無味乾燥さのみが残る。アドルフは、エレノールを手に入れる時には、彼女を愛した。そして、彼女を手に入れたことによる興奮を言い表すためには、詩的な表現を見つけ出す。数いる男の中でも最も詩的でない彼がである。「災いあれ!」と彼は叫ぶ「この恋愛関係の始まりの瞬間においても、それが永遠に続くと信じられない者に!」そしてさらに、「愛の魅力よ、あなたを描写できるものなどいるだろうか!」と叫ぶ。しかし、この10行後、この叫びのたった10行後には、自分を苦しめる天才であるこの魂が幸福の中に見つけた矛盾に関して、詳細が書かれ始める。情熱が通じ合った二人の間の燃えるような溶けて交わるような喜びの中にあっても、この鋭い意識は鈍ることがないらしい。『アドルフ』の惨劇の全てはここにあると言っても過言ではない。つまり、分析によって、青年の心の中で愛が破壊され続けることである。そして、エレノールは情熱と優しさによって何度も崩れ去ってしまった感情を建て直そうとする。彼女と一緒にいると、彼は再び愛し始める。しかし、彼女から離れると、自分の感情を執拗に攻撃し始め消し去ってしまう。そうして、エレノールからしてみればほとんど理解不可能なこの奇妙な戦いの最後に、彼女は果てしない無気力に襲われ、自殺を望む。何年もの間、彼女は二人の愛に酔いしれていると信じながら、自分の愛に酔っていたのである。この様式はほぼそのままアドルフにも当てはまる。彼女はそれを理解し、感じ、次のような嘆かわしい手紙を書く。「あなたはどうして私を激しく攻撃するのですか? 私が何か罪を犯しましたか?……」しかし、なんということだろう、アドルフが攻撃していたのは彼女ではなく、彼自身なのである。このようなことが、ずっと続くのである。
 もしこの小説が持っている価値が、ある性格、そして、その性格を通じて極めて現代的な病を特定して厳密に研究するという価値のみであったとしても、素晴らしいことには変わりない。しかし、もしそうだったら、この小説が持つような、深く詩的な作品としての魅力はなかっただろう。このような剥き出しの文学作品に詩的などという表現を用いるのはおかしいと思われるかもしれないが、そう、詩的なのである。『悪の華』の素晴らしく美しいソネにも匹敵する。この本の中には、思考が感情を蝕むという激しい乾きに留まらないものがある。そこには、孤独な魂の大いなる憂鬱があるのだ。エレノールはアドルフを愛し、彼から愛される。二人はお互いに並んで、あるいは抱き合って、自由になる。深淵が二人を分つ。二人はそれぞれの方法で、その深淵を測る。アドルフの方は、幸せになれないと感じ、エレノールの方は彼を幸せにできないと感じる。アルフレッド・ド・ヴィニーは、『エロア』『モーセ』『サムソンの怒り』のような至上の美しさを持つ詩の中で、この精神の孤独という悲しみを歌い、それによって我々の中にある決して人に伝えることのできないような奥底を感じさせてくれた。しかし、『アドルフ』の方が、高貴な韻文の格調や雄弁が意図的に剥ぎ取られ、単純に、もっと言えば下品に書かれているために、我々の日常により近づき、ヴィニーよりもずっと痛ましいのである。実際、有名なこの小説の大枠は、複雑でないばかりか俗的である。良家の息子が、少し年上の囲われた女を奪い、その恋愛関係の中で絶えず口論し続ける。これが、コンスタンの扱った題材の全てである。しかし、その中に、何年もの間忘れられていた心理小説と呼ばれる芸術形態の力が現れるのである。
 風俗作家であれば必ず下品になってしまうところを、コンスタンは、状況の精神的な背景を明らかにすることで、平凡な冒険の悲劇的な裏側を発見することができた。今日それを読む我々は、結局はギャラントリーのありふれた悲劇でしかないものの中に、我々の最も洗練された苦しみの象徴を見出すのである。我々のうち、信頼が理解されないことで心に残る冷たさを感じたことのあるもの、自分のことを完全に分かってもらえないまま人を愛し続けたことのあるもの、家族、友人、あるいは仲間の中でさえ、絶対的で、絶え間なく、克服できない不和にぶつかったことのあるもの、そして、それでもなお感情を発露したいという気持ちを失わず、また天真爛漫に無鉄砲に人と共感してしまうことで自分を慰めることもしなかったもの、こんな人々ーー大勢いるのではないか?――は飽きることなく何度も『アドルフ』を読み返すことができる。この本は、作者を感じさせる文章や語を全く用いずに、その惨めさを丸裸にするのである。
 これはいくら強調しても足りないことなのだが、この唯一無二の傑作は、スタンダールの言葉が示す深淵な真理を証明している。彼は大体このようなことを言っていた。「ものを書く時には、正確で簡素な文体を見つけ、考えた内容を折り曲げる必要がないようにしなければならない」[注3]バンジャマン・コンスタンも、スタンダールのように、創作の法則について考えたのだろうか? いや、スタンダールと対照的な性格だった彼が、小説を書く技法を重要視したとは考えづらい。むしろ、彼は多くを経験し、感じ、本能によって、芸術家の小手先の芸が人間の心を少しも描くことができていないことに嫌悪感を覚えていた。彼は、余計なものを加えずに表現された誠実な感情こそが、文体の優美さや絵画的な奇怪さよりも、読者、つまり尊重すべき読者の関心を引くということを知っていたのである。考えたことを折り曲げる必要のない文章を見つけるためには、ただただ、自分自身で真剣に正しく考え、虚栄心に惑わされて自分の知性の強さを披露するためでなく、真実を知るために考える必要があるのだ。これは非常に稀なことで、この作品のように修辞を微塵も含まない作品は数えるほどしかない。そのためにはバンジャマン・コンスタンの性格の素晴らしい美徳が必要なのであった。彼の性格は、その一方で矛盾に満ち、悩ましいものであった。つまり、彼は他人を完全に信頼する一方で、自分自身の考えに対してはさらに並外れた信頼を寄せていたのである。ボードレールはいくつかの奇妙なメモを残している。それはポーの『マージナリア』[注4]から取って「裸の我が心」と題されるはずだった本の原稿の切れ端なのだが、胸を突く。この痛ましいタイトルは、コンスタンの傑作や彼の日記の題名にもなりうる。だからこそ、これらのページはどれも古くなることがないのだ。『アドルフ』の執筆から四半世紀以上経った今、私が20歳の男の感受性に関する研究を参照したいと思って真っ先に思い浮かべたのが、この『アドルフ』だった。そして、分析という病について本を書く気になっている全ての人にとっても同じことが言えるだろう。この本はその病に関する決定的な専門研究なのである。そして、その研究は、人間の心そのものと同じく不滅なのだ。


1:ブールジェが参照したのは、おそらく1884年に出版されたアジェノール・バルドゥ(Agénor Bardoux)による伝記『ポーリーヌ・ド・モントモラン:ボーモン伯爵夫人』である。それによると、ボーモン伯爵夫人(1768-1803)は初めて見た時からコンスタンを嫌い、書簡を通じて友人たちと悪口を言い合っている。その中に「彼自身、自分のことは好きになれていない(Lui-même ne peut parvenir à s’aimer.)」という文章がある。ブールジェは(いつものように)記憶に基づいて引用しているので、「Il ne peut parvenir à s’aimer...」と少し文章が違う。
2:『アミエルの日記』で知られるフレデリック・アミエル(1821-1881)。ブールジェは『現代心理論集』にアミエル論を書いている。
3:ブールジェ自身がうろ覚えであるように、このような記述はスタンダールの著作の中に見つけることができなかった。
4:エドガー・アラン・ポーの断章である。死後出版され、邦訳はない。

解説
 この批評は1883年に執筆され、『現代心理論集』の「ボードレール論」への補遺として追加された。本文中にボードレールへの言及があるのはそのためだろう。また、この批評はその後、1914年に出版社J. M. Dent et filsが『アドルフ』を発行した際に、そのイントロダクションとして掲載された。
 さて、ブールジェにおいて『アドルフ』は非常に重要な作品である。『嘘』に登場する詩人クロード・ラルシェはブールジェ自身の分身であると読まれることが多いが、そのラルシェは作中で「現代版のアドルフを書く」という意思を示している。今回翻訳した批評を読めば、それがブールジェ自身の願いでもあったことが分かるだろう。
 ブールジェは『現代心理論集』の「スタンダール論」の中でも、コンスタンに触れている。今回の批評の中でもスタンダールへの言及があったが、両者が比較されるのは、その特性が似ているためなのであろう。その部分を以下に訳出しておく。

『アンリ・ブリュラールの生涯』を読めば、彼が18歳以降、最初の傾向がさらに強まった以外には何一つ学び取っていないとすら言える。その傾向はすべて、不幸な幼少期の告白の中に現れている。そこには、コンスタンという分析文学のもう一人の巨匠の人生にも見られる、極めて象徴的な事実――すなわち、母の死と父と修復不可能なほど理解し合えなかったこと――が支配的に横たわっている。この特異で、ほとんど不自然なほど内向的な傾向は、見守る母の愛情があれば生まれなかったであろうような、ある種の歪みのようなものではないだろうか。

『現代心理論集』「スタンダール論」第一節より

 実は、ブールジェ自身5歳の時に母を失っており、その5か月後に父が再婚するというトラウマのような体験をしている。ブールジェは長い間この喪失経験を引きずっていたようで、コンスタンにもそれを重ねていたのではないだろうか。今回訳した批評の中にも「家族、友人、あるいは仲間の中でさえ、絶対的で、絶え間なく、克服できない不和にぶつかったことのあるもの」とあるが、ここには、母を失った後に父の再婚に傷ついたブールジェ自身の実存がこもっているを考えられる。

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