巡って考える秩父札所の謎①なぜ秩父に巡礼が生まれたのか
秩父には、三十四の観音霊場があります。
秩父三十四観音霊場
山に囲まれた秩父盆地を一周するように、
三十四の札所が点在しています。
これをすべて巡ると
「秩父札所巡り」が完成します。
今年は12年に一度の
午歳総開帳(うまどしそうかいちょう)の年です。
妻が「まわってみよう」と言うので、
私も一緒に巡ってみることにしました。
この総開帳では、
普段は見ることのできない観音様の扉が開かれます。
各札所で秘仏が公開されるため、
通常の札所巡りよりも
ご利益があるとされています。
観音様が公開されることで、
秩父全体がより特別な巡礼の場所になるとも言われています。
そしてこの総開帳は、
江戸時代(1603年〜1868年)から続く行事とのこと。
秩父札所の開創は
1234年3月18日
と伝えられています。
つまり総開帳が始まったのは、
それよりもだいぶ後のことだった、
ということは初めて知りました。
秩父の人と巡礼の距離感
秩父に住んでいると、
この巡礼の存在はとても身近です。
ただ、改めて考えてみると
一つ不思議なことがありました。
秩父の人は、あまり札所を巡りません。
もちろん巡る人もいます。
ただ、地域の文化として
多くの人が巡っているかと言われると、
そういう印象はあまりありません。
私自身も、
商工会議所青年部の企画で
一度バスで巡った記憶があるような……
その程度でした。
一方で、12年に一度のこの時期になると、
秩父には多くの巡礼者が訪れます。
地域の人たちはこの時期になると、
いつもより増える巡礼者を迎える準備に追われています。
他の巡礼とはかなり違う
そもそも秩父という土地に、
なぜ巡礼が生まれたのでしょうか。
他の巡礼を見てみると、
巡礼というものは
信仰が強く集まる場所を、
広い地域でつないで作られる
ことが多いようです。
例えば
秩父札所と合わせて「日本百観音」とされる
以下の2か所はどうでしょうか。
西国三十三所
(関西 718年草創とされる)
坂東三十三観音霊場
(関東 鎌倉時代初期、つまり1192年~1200年代初頭開創とされる)
どちらも
古くから信仰が集まる寺院を、
県をまたいで広く結んだ巡礼です。
それに比べると、
秩父はどうでしょうか。
秩父札所は
山に囲まれた秩父盆地の中を巡る巡礼
です。
県境を越えることもなく、
総延長はおよそ100kmで、
かなり密集して札所が配置されています。
これは、
他の巡礼と比べると
かなり違うのではないでしょうか。
謎の先が少し見える
先の時代背景と、
秩父札所の特徴を
あわせて考えていくと、
秩父札所が
誰のための巡礼だったのか
少しずつ見えてくる気がします。
今回の巡礼は、
せっかくなのでこの機会に
地元目線で理解を深めながら
少しずつ進めていきたいと思います。
もし興味がありましたら、お付き合い頂ければ幸いです。
あとがき|巡礼の進捗
ちなみにですが、午年総開帳開運スタンプラリーがこの総開帳と合わせて開催されていることを札所3番で知りました。。。(悔)
こちらのスタンプラリーは集めていくと
先着でもらえるグッズや
抽選で当たるグッズなどが様々。
そして、私はこちらにロックオン↓↓↓

【抽選100名】 「Ichiro's Malt & Grain 令和8年午年総開帳限定ボトル」の購入権が当たります。 販売価格 18,900円。
頑張って当てちゃうんだから。
【巡礼の進捗状況】札所1番~6番
私はこの巡礼を車で巡っています。
条件的に子連れになるので、歩いては厳しいということで。
車で巡っていて、気になった点はご参考までに記録しておきます。
なお、道が細いし急坂もあるので軽自動車がオススメ。
【巡礼メモ】
札所2番…結構山奥なので運転に注意。納経所は少し距離のある光明寺となります。
札所5番…納経所はすぐ近くの長興寺。
札所6番…駐車場が極細道&急坂の先にあります。すれ違いも不可。近くの7番の駐車場に車は置いて歩いた方が良さそうです。

1番・2番は配達か何かのついでに行くか…
次回予告
次回は
秩父札所は誰のための巡礼だったのか
という視点から、
この巡礼の成り立ちを考えてみたいと思います。
…そして、何ヵ所巡れるのか。
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