【アマノ文筆クラブ】ショートショート『去る者は追わず』
浦島太郎が竜宮城に招かれて三日目。事の発端は、あの日助けた亀から受けた招待だった。せいぜい二、三時間ほど接待するだけのつもりだったが、乙姫は満面の笑みで言った。
「どうぞ、いつまでもこの竜宮城にお留まりくださいませ」
しかし、田舎者の浦島はこの社交辞令を真に受けた。太郎は、思っていることを何でも口に出す調子者だった。
「俺ってやっぱりモテモテだな!さすが海の王族も俺の魅力には勝てないか!」
こうして、たった一度のお礼で始まった宴会は、泥沼の様相を呈した。やがて、同じ豪華な料理や、スタッフたちが繰り広げる代わり映えのない舞踊りにも飽きた浦島は、調子に乗り始め、舞踊りをしていたタイを指差した。
「もう同じ料理も飽きたな。今日こそタイの生け作りが食いたいな!」
乙姫の顔から血の気が引いた。
「お待ちくださいませ、太郎様!このタイは舞踊り専門でございます。鮮度が……鮮度がすぐに落ちます!」
「ふん、ケチくせえな。じゃあ、なんか宴会芸ヤレ!」
「はい、一番、ヒラメ。モノマネやります!」
ヒラメは、平べったい体をゆすり、声色を変えた。「カレイのものまね!」
太郎はゲラゲラ笑った。
「ワハハハ!変わってねぇじゃねぇか!全然似てねえよ!二番、タイ!なんかやれ!」
前へ出たタイは震えている。
「あ、あの...芸が、芸がありません...」
「なに芸がない?」太郎は、酒樽を指差した。「よし、イッキいけ!」
タイは顔を真っ青にした。魚類はアルコールを分解できない体質だ。
「しかし...太郎様...」
「やれ!これは命令だ!イッキ、イッキ、イッキ」
タイは覚悟を決め、無理やり酒を飲み干した。みるみる真っ赤になり、バタンと倒れた。
「ガハハハ!盛り上がったな!さすがタイだ!」
太郎は満足げに笑ったが、竜宮城スタッフは地獄の底にいた。
別室の控室では、スタッフたちが不満タラタラだった。
「早く帰らねえかな」「常識知らんのか」
だが、彼らスタッフはゲストの前では本心を明かせないおもてなしの化身であった。
七日目。乙姫はついに腹を決めた。
「太郎様。本当はいつまでも一緒にいたいのは山々なれど、別れは避けられません」
浦島は得意満面だった。
「しかたねえな。地上の女が俺を呼んでるってか。乙姫、お前もついてくるだろう?」
乙姫は涙を拭うフリをして心の中で舌打ちし、大げさに涙を流して悲劇のヒロインを演じた。
「ああ、愛しい太郎様!私たちを分かつのは、この世界の因果律、別々の時空という悲しい壁ですわ!追いたくても追えません!」
スタッフたちもここが演技の見せどころである。
「会えなくなるのが残念です。」
「さみしいです~」
などと、プレッシャーをかける。
浦島は、まだまだ居続けたかったが、そう言われるとさすがに帰らざるを得なかった。だが、未練タラタラである。
「おい、引き留めるなら今だよ?」浦島は、城門の前でわざと立ち止まった。
竜宮城の中では乙姫が浦島に聞こえぬように小声をだす。
「(誰が追うかよ!早よ行け!)」
「乙姫...」
「(プランB決行!)はい。こちら、ささやかなお土産でございます」
乙姫は、美しい玉手箱を差し出した。プランB、それは一見豪華でお宝が入ってそうなお土産を渡して、地上に戻るのを促す作戦だった。しかも、二度と戻ってこないように、中には強力な爆弾が仕掛けられていた。
「この箱は、決して開けてはなりません」
「俺に未練があるんだろう?分かってるよ。受け取ってやろう」
浦島は恩着せがましく玉手箱を受け取り、ようやく門をくぐった。
太郎の影が消えたその直後。
乙姫は、手に持っていた扇子を床に叩きつけた。
「や〜〜〜〜っと帰ったわね!あのゲス男!誰か塩撒いて!塩!」
「乙姫様、海に塩撒いても意味ないです」
ヒラメが降りてくる。「カレイのモノマネとか、もう二度としたくない!」
タコは怒りで足をプルプルさせている。
「熱湯のプールの前で『押すなよ!』と言わされた上、押しやがって。もう少しでユデダコになるところだった」
浦島がいなくなって全員が盛り上がっているところ、竜宮城の陰から、浦島太郎が押し黙って現れた。彼は出口を出た瞬間に、忘れ物に気づき引き返して来たのだ。
乙姫が引きつった笑顔で口を開いた。
「い、いらっしゃったんですか?太郎様?」
浦島は、顔面蒼白で口もうまくきけなかった。
「いや、財布を忘れたことに気づいて戻ったところ。……い、いや、俺は戻ったばかりで、何も聞いてないから。ああ、何も聞いてないからな。はっはっは...」
「乙姫、あれは……聞いてましたね」ヒラメが耳打ちする。
「ええ、聞いてましたね」
「わ、分かった。見送りもいらん。どうせ、俺なんて...。もう、追ってこなくていいからな...」
太郎は玉手箱を胸に抱いたまま、誰も追わない道をカメに乗り戻っていった。
乙姫は、スタッフたちに尋ねた。
「誰か、追う者はいますか?」
「いないよな」
「いない、いない」
スタッフは一斉に首を横に振った。誰も、彼の後を追う者はいない。
タイやヒラメは喜びで舞踊りを始めた。
だが、浦島太郎が、竜宮城のだれにも気づかれない場所にそっと玉手箱を置いたことを誰もしらなかった。
了
こちらの企画に参加させていただきました。ありがとうございました。
