見出し画像

【アマノ文筆クラブ】ショートショート『狭き門をこじ開けろ!』第1話

第1話 フロンティアの配属初日

 宇宙。それは人類最後のフロンティア――などと、どこかで聞いたような言葉を思い出しながら、私は目の前の金属製ドアを見つめていた。
 今からこの向こうで、私の新たなクルーメンバー四人と顔を合わせることになる。

 心臓の鼓動がやや速くなっている。だが、それは緊張というより、期待と興奮だ。

 なにせ、これは有人火星周回プロジェクト。夢にまで見た、本当に「火星に行く」ミッション。しかも、NASAの主導だ。そこに――この私、日本人の高橋マモルが選ばれたのだ。

 学歴、健康状態も完璧だった自負はある。JAXAでの宇宙飛行士訓練の成績も、すべての項目において平均ぴったり、過不足のない優等生スコアを維持し続けた。

(夜を徹してマニュアルを暗記した努力が、実を結んだ!)

 さて。問題は、私以外の四人はすでに合同訓練を終えており、完全に出来上がったコミュニティだということだ。一人だけ新入り、しかも外国人という立場で、うまく溶け込めるだろうか。
 いや、大丈夫だ。私は日本人。礼儀と協調性を武器に、どんな組織でもやってみせる。指示を完璧にこなすことこそが私の強みなのだから。

 ドアが開く。金属の擦れる音。
 広いブリーフィングルームに入ると、四人の視線が私に集まった。

 私は深々と頭を下げた。

「高橋マモルと申します。今回のミッションに参加できることを大変光栄に思っております。どうぞ、よろしくお願いいたします」

 天井スピーカーから微かにNASAの通信ノイズが聞こえる。どうやらマイクもすでに稼働中のようだ。
 異文化交流の第一歩は挨拶だ。日本人が世界に誇る礼節を、ここで遺憾なく発揮しよう。姿勢を正し、足をそろえて最敬礼45度のお辞儀をきっちり三秒間。私は持ちうる最高の敬意を表した。

(よし! 完璧な挨拶が決まった)

 満足して顔を上げると、歓迎の握手をしようと右手を差し出した状態の男性が、彫刻のように固まっていた。後ろの三人も、目を見開いたままフリーズしている。
 どうやらNASAの精鋭たちは、私の日本の伝統的な儀礼に感極まって、言葉を失ってしまったらしい。

 ややあって、最初に沈黙を破ったのは、目の前で固まっていた男だった。

「ジェイコブ・マクレガー。今回の船長だ。よろしく、マモル」

 元空軍のエースパイロットで、40代。第一印象からして、理知的で冷静沈着。なるほど、確かにこの人ならリーダーにふさわしい。ただ立っているだけで圧倒的なキャプテンの風格がにじみ出ている。

「こちらこそ、よろしくお願いいたします、船長」

 私は心の中で小さくガッツポーズをした。よし、この船長についていけば間違いない。
 続いて、巨体の男がゆっくりと私の方へ近づいてきた。無口だが、深くうなずきながら言う。

「トーマス・オコナー。機関士だ。何かあれば言ってくれ」

 とんでもない存在感だった。まずデカい。身長は私の頭一つくらい高く、肩幅が倍くらいで腕は丸太のようだ。しかも表情はほとんど動かない。あ、でも悪い人ではなさそうだ。言葉は少ないが、真面目な軍人タイプ。きっと義理堅いに違いない。私は思わず背筋を伸ばした。日本人的な「威圧感への礼儀反応」が発動する。

 そんな私に、鋭い視線の女性がスッと手を差し出してきた。

 そんな私に、鋭い視線の女性がスッと近づいてきて、冷たい目で私を値踏みするように見つめてきた。
 
「レイチェル・グリーン。普段は科学者として任務に当たるけど、総合診療医として医療技官も務めるわ。身体の異変があれば言ってね」
「ありがとうございます。何かあったときは、すぐに相談させていただきます」
 
 私がよろしくおねがいしますと右手を差し出すと、彼女はその手を冷たく一瞥し、あえて手を後ろに組んだ。
 
「言っておくけれど、私はプライベートで男性と接触する気は一切ないの。挨拶の握手も不要よ。医療技官として『業務機械的』に触診してあげるけれど、用もないのに近づかないでちょうだい」
「えっ、あ、はい……」
 
(なるほど。みだりに男性と肌を合わせないなんて、まるで古き良き日本の『深窓の令嬢』みたいなお淑やかな人なんだな。さすが宇宙飛行士に選ばれるだけあって、箱入りで育ちが良い女性に違いない)

 最後に、やや年下に見える男性が、軽やかな足取りで近づいてきた。

「エリック・サンダース。心理カウンセラーと通信担当。船内エンタメの管理もしている。ようこそ、マモル」

 スタンフォードで心理学を専攻し、イェール大学の大学院で演劇・メディア論を修めたその道の専門家でもあるらしい。年も近く、口調もフランクで、何より初対面なのに人見知りな自分が抵抗感なく接することができている。きっとこのチームの潤滑油的存在なのだろう。何か分からないことがあれば、一番に彼を頼ろう。

 こうして、私を含めた五人の火星探査クルーが揃った。

 経験豊富な船長ジェイコブ。
 無口で頼れる機関士トーマス。
 医療と容赦なきツッコミを担当するレイチェル。
 天才ムードメーカーのエリック。

(そして、寝る間を惜しんでマニュアルを丸暗記してきた私、マモル・タカハシ!)

 エリートたちの値踏みするような視線に包まれながら、私は制服のポケットの中でそっと拳を握った。この完璧なチームの一員として私が力になれるか不安は残るが、ただ愚直に任務を全うしてみせる。

――それから数カ月。地獄のような地上最終訓練は私には実に心地よかった。訓練が苦しければ苦しいほど何も考えずにすむし、やってる感に満ち溢れて不安が吹き飛ぶのだ。
 そして私たちはついに、本当の宇宙へと旅立った。
 宇宙船は順調に地球の重力を振り切り、火星への航行軌道に乗る。

「……よし、全システム正常だ。これより、本格的な長期巡航体制に入る」

 ジェイコブ船長の声を聴きながら、私はついに始まったのだと胸を震わせていた。
 私たちの船内での会話は、すべて壁のマイクで記録され、暗号化されて地球へと送られている。それはミッションの記録のためであり、すべてのデータを意味ある音声情報として聴取できるのは、NASAのごく一部の幹部とアメリカ大統領だけのはずだった。

 ――だがこの時、私を含めたNASAの誰もが、その裏で進行している事態にまったく気づいていなかった。
 後になって知ることになるのだが、すでにNASAは、他国のスパイによるソーシャルハッキングを受け、音声暗号の解読パスワードは盗み出されていたのだ。
 人類未踏の長期宇宙飛行。そこでは、どのような精神崩壊の危機があり、NASAはそれをどう克服しようとしているのか。世界中のライバル国が、その「秘密」を暴くべく、第一級の機密情報としてクルーの会話を最大限の関心をもって傍受していたのである。

 盗まれた会話記録が、後に地球規模のとんでもない大騒動を引き起こすことになるとは――この時の私は、まだ知る由もなかった。

続く

第二話はこちら

こちらの企画に参加させていただきました。ありがとうございました。

#アマノ文筆クラブ
#小説
#SF
#ショートショート
#掌編小説
#超短編小説

いいなと思ったら応援しよう!