【毎週ショートショートnote】ときめきトゥーシューズ(3)
倒産寸前のバレエ用品店「アラベスク工房」。
もともと無名の小さな会社で、主力商品のトゥーシューズはオーダーメイド。買うのはプロのバレリーナや練習生だけだった。
人生をかけて練習に励む踊り子たちのため、商売度外視で質を追い求めてきた職人あがりの社長は、店の帳簿を前に頭を抱えていた。
そこに現れたのが、九条というセールスマンだった。
自らを「どんな商品でも売るスーパーセールスマン」と名乗る、ひげ面だがイケオジ風の男。妙に人懐っこい笑顔を浮かべていた。
「俺が三年で千足売ってやる。その代わり、目標を達成したら利益の九割をもらう」
「冗談じゃねえ。そんなに売れるわけが――」
社長の言葉を、九条は笑って受け流した。
一年目。九条はトゥーシューズを抱えて町を回り、百足ほどをさばいた。
だが、売ったわけではない。むしろ、金を払って配ったのだ。
難関校に合格した家庭を訪ね、「幸運をもたらすトゥーシューズ」をママ友に自慢してほしいと依頼した。
トゥーシューズは、バレエに縁のない母親でも手元に置きたくなるような、うっとりする外観だった。
観賞用で耐久性は不要、原価は千円にも満たなかった。
二年目、口コミで噂が立った。
――母親がトゥーシューズを履いた家の子は、受験に合格する。
九条はにやりと笑い、広告を打った。
〈合格祈願・ときめきトゥーシューズ〉
惚れ惚れするような光沢の靴。足の採寸をしたオーダーメイド。
色は自由に選べるが、幸運のラッキーカラーとして赤が人気だった。
バレエでは使えないが、一足十万円。
購入者には特典として、トゥーシューズを履いて写真撮影ができ、さらに自由にポーズを取れるアプリをサービスした。
元となる全身写真は、客自身にバレリーナ姿で三百六十度撮らせてもらう。あとはアプリでどんなポーズも自由自在。
美しいアラベスク姿の自分を画面で見た瞬間、客はまるで本当にバレリーナになったような気分になり、幼い頃の憧れがよみがえるのだった。その笑顔といったらなかった。
それと同時に九条は、前年と同じく、難関校に合格した家庭へお金を払ってトゥーシューズを配り歩いた。
三年目。ついに千足が売れた。
「子供が受験に成功するなら十万円なんて安いものだ」と、お受験に熱心な裕福な母親たちは口をそろえた。
もちろん、誰も本気でそれが“合格のお守り”だとは思っていなかった。
中には受験と関係なく、幸運のお守りとして、または自分のプリマ姿の写真を撮りたいという客まで現れた。
総売上は一億円。
社長は信じられない思いで伝票を見つめた。
「すげえ……あんた、本物の商売人だ」
九条は鼻で笑った。
「女はな、ほんとは欲しいものを分かってる。
でも大金を払う後ろめたさの“言い訳”が欲しいんだ。
俺たちが売るのは靴じゃない。――夢に触れるための免罪符さ」
その日、ライバル会社の男が「合格ハンカチ」を売り出したが、ほとんど売れなかった。
九条はあきれたように言った。
「バカが。ハンカチなんてどこでも買える。
――女は、本当に欲しいものを買うときだけ、大金を払うんだよ」
社長は言った。
「これでうちもなんとかやっていける。儲けた金で、本当にいい製品をバレリーナに提供するんだ」
九条は口の端を上げた。
「アンタも金儲けには縁のないバカだな。
だがな――俺も本当は、どうやって人の心をたらし込んで、どれだけ商品を売れるかを考えるのが一番楽しいんだ」
そう言って九条は、おんぼろ社長室でタバコに火を点けた。
「ビジネスモデルが確立したら、もう俺の出番はない。じゃあな。
優秀な経理を雇えよ。来年からは、あんたたちだけで『ときめきトゥーシューズ』を売っていくんだ」
了
こちらの企画に参加させていただきました。ありがとうございました。
