【アマノ文筆クラブ】猫にこんばんは
小宮山家は今日も平和である。実は、平和であるように、吾輩が家を守っているのだ。もっとも、普段は何もすることがないので眠っているが。
吾輩はネコである。
いや、正確にはネコをかぶった妖怪である。体長十メートル、体重は象より重く、尾は二股に分かれている。
それでも今は、小宮山家の座布団の上で丸くなり、「クロ」と呼ばれてキャットフードを食っている。
正月になった。年神やら産土神やらも吾輩に挨拶に来る。
「クロ、お年玉」
マコトが吾輩にポチ袋をくれた。
「ニャ」
吾輩はポチ袋には興味がないふりをして軽く首をもたげ、小さく鳴いた。ありがたい。食べ物ではないが、これは吾輩の宝物にしよう。
吾輩は魔力で袋の中を透視した。中には黄金色で、真ん中に穴の開いた硬貨。なんとこれは、吾輩が生まれた頃、鎌倉幕府が喉から手が出るほど欲しがっていた唐土の銅銭ではないか。
賢い子供である。やはりマコトは分かっているのだな。吾輩がこの家を百五十年も守っていることを――。
母親は言った。
「これがホントの“猫に小判”だわ」
おろかな人間である。吾輩をそこらの無知な猫と一緒にするでない。
「猫にこんばんは?」
マコトが不思議そうに母親を見上げた。
「まだマコトには難しいわね」
母親はことわざの意味を説明しようとしなかった。
正月が終わり、人間どもにいつもの慌ただしい日常が戻った。
母親はマコトを近くの保育園に連れて行くと、駅から職場へ向かう。
吾輩は母親がいなくなった後、ひっそりと保育園へ移動し、密かにマコトを見守る。
いつ魔物が我がテリトリーを侵し、マコトに危害を加えないとも限らんからな。
だが、保育園は今日も平和である。
日当たりのいい、吾輩の特等席で昼寝を決め込む。
気づけば園児たちが吾輩を取り囲んでいた。
「ネコちゃん、かわいい」
泥のついた汚い手で触るでない。下賤な人間のメスガキめ!
……だが吾輩も七百五十歳を過ぎた大人である。
ここは潔く、わが玉体に触れることを許してやろう。
「これ、うちのクロだよ」
マコトが友達に向かって説明している。
「だめだよ。お年玉をあげて、こう、拝むんだ」
吾輩の周りには木の葉やらおはじきやらビー玉やらが置かれていく。
これは吾輩に対する尊崇の念を表す供え物らしいな。
「はい、猫にこんばんは!」
マコトが拝むと、周りの子供も一斉に唱えた。
「猫にこんばんは!」
了
こちらの企画に参加させていただきました。ありがとうございました。
前作はこちら。
