見出し画像

【アマノ文筆クラブ】ショートショート『うっせえわ』

 人が怒りを爆発させるのはどんな瞬間か。この作品は、NHKの朝ドラ「ばけばけ」の一場面をヒントに現代風にアレンジして、その瞬間を描写するのにチャレンジした作品です。はたしてうまくいってるでしょうか。

ばけばけ

 加藤は中小企業の社長である。従業員十数名の小さな会社を維持するため、彼は今日も頭を下げに信用金庫へ足を運んだ。

「で?お客様のご希望は?返済したいということですね。残り一千万ほどありますが、どうします?」

 パーテーションで区切られた簡単な部屋で、担当の木村は、加藤の提出した資金繰り表を一瞥しただけで冷たく言い放った。自分の子供くらいの年の娘に、加藤はひたすら頭を下げ続ける。会社を守るためには、自分のプライドなど捨てなければならなかった。
 どうにか返済の期日を延ばしてもらい、加藤は心も体もへとへとになりながら会社へ戻る。


「社長!お疲れ様です。中途採用の面接に来られた方がいらっしゃいます」

 経理担当の山崎の言葉に、加藤は疲れが一気に吹き飛ぶのを感じた。慢性的な人手不足の中、求人を出してもまったく応募がない。優秀な人物であれば、この苦しい会社を支える救世主になってくれるかもしれない。
 加藤はすぐに上着を整え、会議室に向かった。

 室にいたのは、身なりが良く、年の頃は20代後半といった礼儀正しい青年だった。加藤よりもよほど上質のスーツを着こなし、立ち居振る舞いにも品の良さがにじみ出ている。

「小泉三太夫と申します。本日はお時間をいただき、ありがとうございます」

 加藤は、この青年に期待を抱いた。

「早速だが、小泉君。君はわが社でどんな職で貢献してくれるつもりかね?率直に聞こう。『貴方は何が出来ますか?』」

 三太夫は、にこやかに微笑んだ。

「それでしたら、人を使う事です。以前、父の代わりに工場の社長をしていた事がありましたので」

 加藤は目を見開いた。社長経験者。

「ほう。それは驚いた。それでその会社は?」

「一年ほどで、倒産しました」

 加藤は、内心で舌打ちをした。倒産させたというのに、全く悪びれる様子がない。この優雅な振舞いは、育ちの良さのせいだろうか。イラッとするが、加藤は顔に出さない。人を使うことはできると言う。もしかしたらマネジメント能力はあるのかもしれない。

「成程……。それでは、うちではどのような職をお望みで?」

 加藤は、管理職としての採用を念頭に尋ねた。
 三太夫は、間髪入れずに言った。

「ぜひ、社長をやらせていただきたい」

「…は?」

 加藤はあまりのことに呆然とした。耳を疑った。
 三太夫は、加藤の驚きなど気にせず、話を続ける。

「私は地元松江では有名な名家の出でございます。松江で小泉といえば知らぬ者はおりません。社長となるには相応しい格を備えております」

「あぁー、小泉様、それは大変なご無礼を……」

 加藤は頭を下げた。丁重な言葉遣いとは裏腹に、胸の奥では怒りが渦巻いていた。社長としての自分の努力と苦労を侮辱されている気がした。

「ただ、もし小泉様が社長となりますと、今社長をやっております私はどうすればよろしいでしょうか。お聞かせください」

 三太夫は、首を傾げ、心底どうでもいいといった様子で答えた。

「それは……考えてませんでした。追々考えましょう」

 にこやかな笑顔の裏で、加藤のイライラは頂点に達した。

「……追々……ですか?」

「ですからどうか、私を社長にしてください!」

 加藤は我慢できず、いきなり立ち上がった。

「お引き取りください!いや、帰れ、帰れ!」

 資金繰りの苦労、行員のバカにした態度、全てがこの世間知らずの青年の言葉で爆発した。

「出ていけってんだ、こら!俺がどんな思いでこの会社やってきたと思っとるんじゃ!」

「ですから、私なら一年、いや半年で会社の業績を右肩上がりに……」

「…うっせえわ!」

 会社を維持する大変さを知らず、夢物語を語る三太夫に、加藤の怒りはついに爆発した。加藤は、三太夫の胸ぐらを掴んだ。

「待ってください!お願いします!私を雇ってください!社長にしてください!」

 加藤は、三太夫を会議室から引きずり出し、外へと放り出そうとした。

「やめろ!離せ!離さんかこりゃ!二度と来るんじゃねぇぞ!」

 廊下に尻もちをついた三太夫は、必死に懇願する。

「お願いします!お願いします!でないと、帰ってママ、いや母に叱られます!」

 その情けない捨て台詞に、加藤の怒りは最高潮に達した。
 信用金庫の木村の「この無能が」とでもいうような視線が脳裏に蘇った。

「お前なんかに……お前なんかに、中小企業の社長の辛さが分かってたまるか!『叱られる』で物事片が付くなら、いくらでも叱られてたるわ!」

 加藤はそう吐き捨て、勢いよくドアを閉めた。静かになった部屋で、加藤は荒い息を吐いた。
 怒りによって瞬間的に張っていた気が、しばらくすると嘘のように消え、後に残ったのは、どうしようもないほど深い疲労感だった。その場に崩れ落ちそうになるのを必死に堪えた。彼は「どさり」と椅子に腰を下ろし自分の手のひらを見つめた。


こちらの企画に参加させていただきました。ありがとうございました。

#アマノ文筆クラブ
#小説
#ショートショート
#ばけばけ

いいなと思ったら応援しよう!