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【アマノ文筆クラブ】ショートショート『お人好しじゃない』(2)

「えっ、報酬がこちらの相場の十倍だって!?」
「そのとおりです。ラマン・ドロウンリ・ブロレンティーン・ネダニラー・クリーディガン・ウルトさん」
 
 宇宙人ギルドの受付嬢はにこやかに微笑んだ。
 
「その名前、長いからラマン・ウルトと呼んでくれ」
 
 ラマンは万年Fランク、宇宙人パーティーから追い出されたばかりの、この辺りでは最底辺の宇宙人だ。
 M78星雲界隈では依頼が見つからず、ギルドから彼に紹介されたのは「ヒーロー」という聞きなれない仕事だった。ヒーローというのは用心棒の一種で、辺境の地球という惑星で、怪獣たちから地球人を守るのが、その内容である。
 
 地球人はランク外というほど弱々しく、出現する怪獣もラマンが瞬殺できるレベルらしい。
 特筆すべきは、その報酬の支払い方法だった。成果給ではなく時間給なのだ。時給という地球の時間体系で集計されるが、支払対象が地球に滞在する時間である。これは、突っ立っているだけで報酬が支払われるということを意味する。しかも、単価は通常の用心棒相場の十倍で、地球時間にして一年単位の長期契約。
 
(なんだ、そりゃ。地球人というのは、なんとお人好しな生き物なのだ)
 
 受付嬢に確認すると、地球人はあまりに脆弱で自分たちでは身を守れないため、現場でにらみを効かせてくれるだけで、大喜びして高給を出すのだという。
 
「俺みたいなFランクでもいいのか?」
 
 むしろ、Cランク以上だと強すぎて、本気で暴れると地球人類が絶滅する恐れがあるため、低ランクの宇宙人の方が歓迎される。ラマンは己の力量に不安を抱きつつも、その報酬の良さに赴任を決めた。
 
「あんな、ど田舎の星まで出向いて、カスみたいな生物のために奉仕するとは、お前も人が好いな」
 
 仲間にあざ笑われたが、ラマンは心の中で自分を鼓舞して平静を保った。
 
(俺はお人好しじゃない。すべては金のためだ)
 
 人気のないジョブだからこそ、地球側はヒーローをなんとか引き留めようと必死なのだろう。報酬が高い代わりに、ギルドから提示された条件は厳しかった。
 ・地球時間にして一年間、現地に拘束される。
 ・報酬は現地の慣習に合わせ、地球時間のひと月単位に支払われる。
 ・契約を破れば高額な違約金を支払わなければならない。
 ダメならバックレればいいやという、負け犬宇宙人の先手を打った契約内容だった。
 
 *
 
 はるばる銀河系の果て、地球に赴任したラマン。すると、原住民たちが大歓迎で迎えてくれた。
 
「ウルト・ラマン、ウルト・ラマン!」
 
 いままで他人に褒められたり、頼られたりしたことのないラマンは少し面食らった。地球では姓と名を逆に読む習慣があるため、なんだか別人になったような気がしたが、それでも自分の名前が連呼されるのを聞くのは、新鮮だし嬉しかった。
 
 しかし、地球人というのは巨大宇宙人族のラマンから見れば、ゴミというかホコリというか、文字通り吹けば飛ぶほどのサイズで、脆弱なうえ寿命はせいぜい百年程度。
 おまけに地球は光の国と比べ、驚くほどエネルギー密度が低かった。これでは体力が維持できず、フルパワーで戦えるのはせいぜい三分間が限界だ。そのため、戦闘時以外は地球人の姿に変身してエネルギーを節約するしかなかった。
 
(それで、ゴミどもが恐れる怪獣とはどんなものだ?)
 
 最初に出現したのは、彼と同じ宇宙人だった。だが、こんな環境の悪い魔境に潜み、弱者いじめを楽しんでいる悪辣なクズだ。
 
 Fランクのラマンは、故郷では戦力として期待されておらず、役割は常にパーティーの荷物運び、安全だが報酬はいつも最低レベルだった。
 しかし、この地球では頼れる仲間はいない。たった一人、タイマンで敵と対峙する恐怖。もしここで負ければ、待っているのはなぶり殺しだ。
 おまけに、この星の環境ではフルパワーを維持できるのはわずか三分間。
 
(クソ、やるしかないのか!?)
 
 秒単位でカウントダウンが進む極限状態の中、ラマンは恐怖をねじ伏せ、無我夢中で拳を突き出し、生存本能のまま必死に暴れ回る。
 結果から言えば、Fランクのラマンでも一方的に倒せるほど相手は弱かった。
 しかし、敵を撃滅した瞬間、過度なストレスで、彼はその場に崩れ落ちそうになる。三分間にも満たない戦いが、感覚的には丸一日中修羅場を戦い抜いたように感じられ、強烈な疲労感が彼を襲った。
 
(一人で出来た!……俺は、やれば出来る子だ)
 
 ラマンは生まれて初めて、単独で敵を倒した喜びをかみしめていた。
 一方、そんな事情を知らない地球人たちは飛び上がって大喜びする。
 
「ありがとう、ウルト・ラマン!」
「さすが、怪獣退治の専門家!」
 
 どんな場末であれ、他人から感謝されるのは悪い気がしない。落ちこぼれとして育ち、誰からも認められなかった自分が、今は全地球人から崇められている。
 次に出現した怪獣も、ゴミの地球人に対する害虫程度の違いしかなかった。M78星雲にいた頃の彼の実力なら造作もない相手である。踏み潰すと衛生的にアレなので、体内エネルギーを光線として発射し、焼却しなければならない。
 しかし、エネルギー密度の低い地球で光線を放つのは、自らの寿命を切り売りするような行為だった。脳を焼かれるような激痛とめまいに耐え、ラマンは一撃を放つ。
 そんな彼の苦しみも知らず、地球人はまたしても大絶賛した。
 
 地球防衛隊という自警組織が一応存在したが、これが拍子抜けするほど頼りない。ラマンが登場すると、女性隊員などは「頼んだわよ、ウルト・ラマン!」と声援を送るほどで、はなから自分たちで戦おうとする意志がない。完全に彼に寄りかかっているのだ。
 はては防衛隊を挙げ、国を挙げての「ウルト・ラマン祭り」を繰り広げる有り様だった。
 
(こいつら今まで、どんだけ無力だったんだよ)
 
 ラマンは心底呆れ果てた。
 
(俺はお人好しじゃない。金のためだ。こうなりゃ、地球人から搾り取れるだけ搾り取ってやるぜ)
 
 ラマンが宇宙人の形態をとれる時間は限られている。地球人に形態変化したラマンは、腹が減れば食料を買い、寒空を凌ぐためにアパートを借りねばならなかった。ヒーローだと名乗ればよさそうなものだが、エネルギーゼロの状態で敵性宇宙人に襲われたらひとたまりもない。正体は絶対に秘匿する必要があった。
 生きるための金が必要だが、地球でのコネなどない。ラマンは「羅門潤斗らもんうると」と名乗り、深夜のコンビニでバイトを始めた。
 
(今月いっぱいの辛抱だ。月末にギルドから報酬が支払われれば、こんなバイトは即刻辞めてやる)
 
 一年間我慢して大金を貯め、今まで手が出なかった武器やスキルを買い揃えれば、Eランク、いやDランク宇宙人へ成り上がることも可能であった。地球にいるだけでM78星雲の十倍の用心棒料金が支払われるのだから。
 昼間は神のごとく感謝され、夜もしっかり稼いでいる。
 
(地球に来て本当によかった)彼は心からそう思った。
 
 
 そんなこんなで一月後、ギルドから初めての報酬が支給された。
 その額面を見て、ラマンは愕然とする。
 
「……は? 一ヶ月命がけで戦って、これだけか!?」
 
 慌てて明細を確認し、地球人の計算式の恐ろしさに気づいた。
 実労働時間は、一日わずか三分。宇宙人本来の姿で活動した時間しか、勤務としてカウントされてないのだ。
 M78星雲にいた頃は、常に宇宙人の形態で暮らしていた。だから地球へ赴任する時も、現地に滞在している時間すべてに「十倍の時給」が発生すると思い込んでいた。莫大な報酬になる、という計算はそこから弾き出したものだったのだ。
 体力を維持するために、地球人の姿で潜伏していた時間は地球人にとって認識外で、一分たりとも記録されないという冷酷な現実に、彼はここで初めて気づいたのである。
 ひと月二十日間必死に働き、命を削って光線を撃ちまくっても、合計でたったの六十分。しかも、時給計算は月ごとに六十分単位にまとめるが、端数は切り捨てなので、その分はタダ働きである。
 いくら「通常の十倍の時給」と言ったところで、実労働時間が月一時間ポッキリでは、手元に残るのはスズメの涙ほどのはした金だった。
 それどころか、下手して労働時間が六十分を割り込んだら、その月は完全にタダ働きのブラックな職場である。
 
 ラマンはへなへなと膝をついた。気が付けば、頬に涙がこぼれた。
 
(だましたな)
 
 だが、一年間の拘束契約があるため、逃走することもできない。第一、地球に降り注ぐ恒星からのエネルギーが少なすぎて、他の星系へ自力で脱出するだけのエネルギーも残ってなかった。
 
 今夜も彼はコンビニのレジに立ち、「おい、レジ早くしろよ」と怒鳴りつけてくる地球人に頭を下げる。
 廃棄の弁当を頬張りながら、ラマンは静かに呟いた。
 
「俺、本当にM78星雲に戻れるんだろうか?」
 
 地球は故郷から遠い。ギルドから交代要員が派遣され、帰還用のエネルギーを供与されない限り、彼は永遠に地球を離れられないのだ。
 
『あんな星で奉仕するとは、お前も人が良いな』
 
 ラマンは彼を嘲る仲間の声を思い出す。
 
(みんな、このことを知っていたのだ。迎えは……来ないかも知れんな)
 
 もちろん、変身せずに太陽からのエネルギーをコツコツと蓄え続ければ、いずれは自力で古巣の星へ旅立つこともできるだろう。
 しかし、怪獣が出現するたびに、地球人たちは口を揃えてこう言うのだ。
 
「大丈夫、最後はウルト・ラマンがなんとかしてくれる」
 
 そう頼られると、ラマンは変身して戦わざるを得ない。
 というわけで、彼の体内に蓄積されるエネルギーは、常にゼロ近辺に張り付いたままだった。
 
(俺はお人好しじゃない……と今まで思っていた。
 だけど、地球人はゴミみたいにひ弱だが、宇宙人をタダ同然で限界まで使い潰す。
 俺なんかより、よっぽどお人好しじゃない)
 
 
 了
 
 

こちらの企画に参加させていただきました。ありがとうございました。

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