見出し画像

【アマノ文筆クラブ】ショートショート『どうにもとまらない』

「また負けた。おい、頼むよ、あと十万だけ、十万だけでいいんだ」

 部屋に充満したタバコの臭い。ソファーに寝そべり、スマートフォンの画面を血走った目で睨みつけながら、マサヤが情けない声をあげる。画面の中では競馬のオッズと、彼が熱を上げているインフルエンサーのライブ配信が交互に揺れていた。

 私は冷ややかな視線を彼に投げ、バッグから引き出した一束の紙幣をローテーブルに放り出す。マサヤは飢えた獣のようにそれに飛びつき、私の顔も見ずに画面へと没頭した。

 マサヤは、顔だけは一流の男だ。私が夜の街で指名した時、その完璧な造作に惹かれて部屋に置くことにした。最初の数ヶ月は、私の美しさを称え、大人しく私を喜ばせていた。しかし、今や見る影もない。働こうともせず、私が水商売で命を削って稼いできたお金を、ギャンブルや画面の向こうの女への投げ銭に注ぎ込んでいる。

 彼を見ていると、哀れみと同時に深い軽蔑が湧き上がる。

 男というのは、どうしてこうも精神が弱いのだろう。一度快感を覚えると、もう誰にもブレーキがかけられなくなる。そのうちオンラインカジノを始めたら、億の単位で溶かしかねない。典型的な依存症だわ。

 そろそろ潮時ね。

 マサヤは自分が私をコントロールしていると勘違いしているようだが、私にとって彼は、自分の美貌を引き立て、満足させるためのただの消耗品に過ぎない。言葉遣いも荒くなり、私の容姿を褒めることも忘れた今の彼には、もう価値がない。もうすぐ、この部屋から叩き出すつもりだ。

 私は彼のような愚か者とは違う。心がストイックにできてるの。

 マサヤのように、あぶく銭をギャンブルや他人の承認欲求のために無駄遣いすることなど絶対にしない。夜の街でどれだけ大金を稼ごうとも、服や贅沢品には目もくれず、すべてを将来のための堅実な「投資」に回している。株やFXみたいな不確実なものではない。私は過去に何度も痛い目を見て来た。

 マサヤが画面に向かって絶叫しているのを背中で聞き流しながら、私は自分のスマートフォンを開いた。画面に映し出したのは、お気に入りの美容外科の会員ページだ。

「期間限定・初夏の鼻インプラント・極限 3Dデザインキャンペーン」

 その文字に、私の目が吸い込まれた。

 鼻は本当に奥が深い。ミリ単位の高さ。角度。そして小鼻の広がり。一度いじり始めると、キリがない。理想の形を追い求めて、これまでに重ねた手術の回数は鼻だけで十回以上、投じたお金は一千万を軽く超える。
 けれど、そこが堪らない。周囲の人間は「もう十分綺麗」などと気休めを言うが、私に言わせれば、それは現状維持という名の怠慢だ。自分に投資を止めない人間だけが、本物の高みに到達できる。
 今回の新しい術式なら、鼻筋をさらに数ミリ鋭く尖らせ、彫刻のような完璧さを手に入れられるはず。

「いまより、もっと綺麗になる……」

 自分がさらに美しくなった姿を想像すると、その時だけ私の胸の奥がぽっと熱くなる。この感覚、もう止められない! 手術の後の腫れ上がる痛みは毎度のことだけど、それは我慢ができる。
 私は自己投資のために予約ボタンをタップする。快い電子音が響き、キラキラ輝く小さなアバターが画面に現れ、私にペコリとおじぎをした。

 了

 こちらの企画に参加させていただきました。ありがとうございました。
「どうにもとまらない」企画ですが、画像は「したたかに笑って」を使わせていただきました。

#アマノ文筆クラブ
#小説
#ショートショート
#掌編小説
#超短編小説

いいなと思ったら応援しよう!