【アマノ文筆クラブ】ショートショート『お人好しじゃない』(1)
二人の男が山でキャンプをしていた。
一人は地元の山岳ガイドで、ずんぐりむっくりとした体型にヒゲもじゃの男。
もう一人は、お客でやり手ビジネスマン。日頃から経営理論を実践して健康にも気を使い、趣味のトライアスロン大会で上位入賞を果たすほどのアスリートでもある。
突然大きなクマが現れ、こちらに向かって猛烈な勢いで走ってきた。
ガイドはお客の前に立ちはだかる。
「私は山岳ガイドだ! あなたを守る義務がある。あなたがいくら早くてもクマには敵わない。ここは私が食い止めるから先に行ってください!」
「とんだお人好しだな! だが、クマより速く走る必要はないのだ。要はお前より速ければいい。ビジネスと同じさ、相手の先を行けば勝ちなのさ!」
男はガイドを残し、一目散に駆け出した。だが、クマは地面に伏せたガイドには目もくれず、逃げる客を猛然と追いかけ始める。必死に足を動かす男だが、猛獣の速度には到底敵わない。背後から迫る凄まじい咆哮。次の瞬間、大きな悲鳴が山道に響き渡った。
静かになった山道でガイドが身を起こし、ホコリを払いながら、ぽつりと呟いた。
「クマには逃げる動物を追う習性があるんだ。『クマに襲われた二人の登山者』か。机上の空論を信じるバカが客で助かったよ」
お人好しじゃない山岳ガイドは、ゆっくりと安全な方向へ歩き始めた。
了
こちらの企画に参加させていただきました。ありがとうございました。
