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【アマノ文筆クラブ】短編『夢の続き』

謎の宝玉

 南の島にある民宿。10歳の少女エリーはお守り袋を開け、まん丸な石ころを取り出す。それは、先月王都から観光に来た同い年のフミヤ君からもらったものだ。

「あれ……?」

 エリーは目を見開いて手の中の石を見た。石ころは透明な宝玉に変わっていたのだ。エリーは思わず、宝玉を空にかざした。光が反射してキラキラと舞い散る。

(きれい。これは神様が私たちの結婚を祝福して遣わした宝物に違いない……!)

 エリーはなぜかそう確信した。


来訪神

 石が宝玉に変わったその夜、<太陽系の神>が動いた。

 <太陽系の神>――それは真面目で融通が利かないことで、神々の間でも有名だった。宇宙の創造主の命令で、地球の時間にして二百年ごとに宝玉の持ち主に願いを叶えることになっているのだが、頭が悪いのか願いをそのまま解釈してしまうという致命的な欠陥の持ち主であった。

 <太陽系の神>は白髪の老人の姿でエリーの夢の中に現れた。

「エリー、願いを言いなさい。宝玉の持ち主であるお前の願いをひとつ叶えてやろう」

 エリーは大きな目をパチパチと瞬いた。

「本当ですか?何でもいいんですか?やったー」

 <太陽系の神>は少しばかり不安になった。今まで、誰もが神の力の強大さに恐れを抱いたものだ。だが、この少女には恐れもためらいもない。

「あ、何でもといってもね、えへへ、常識的な範囲でお願いしますよ。宇宙を消滅させろとか私にも出来ないことはありますからね。まあ、世界征服とか、今までの地球人の願い事は楽勝でしたけどね」

「せかいせいふく?」

 小学生のエリーには少し難しい話であった。

「うん、まあ、難しい話だから気にしなくていいよ。とにかく早く願い事言って。サクッと叶えちゃうから」

「私、フミヤ君と結婚するんですけど……」

「君、まだ子供でしょ」

「小学生ですけど、将来結婚するって約束したんです!あっフミヤ君はとてもハンサムな男の子なんですけど――」

 <太陽系の神>は話が長くなるのを恐れ、話を遮った。

「話まだ続く?結論から言ってくれると助かるんだけど……」

(結婚式で何欲しいっかなっ……あ、そうだ!)

 そこで小学生の女の子が出した結論は……「ダイヤモンド、この世で一番大きなダイヤモンドが欲しいです!」というものであった。

 <太陽系の神>は、それを聞いて愕然とした。人間であれば顔面蒼白になるところだったが、神様なのでそこはなんとか踏みとどまった。

(この世で一番か。この娘、今までの地球人類で一番難しいお題を出しやがった。)

 <太陽系の神>は知っていた。宇宙で一番大きいダイヤモンドが約八千万パーセク先のM869ガス状星雲の中にあることを。

「いや、それはちょっと遠くにありすぎて。光速で移動させてもエリーが生きてる間には間に合いそうもないので……」

「神様なのに出来ないんですか?」

 大人だったら、神様の態度を見て忖度をする場面であったが、小学生のエリーには神様とお父さんは同等の存在であった。

「神様だからね、いくら大きいダイヤモンドでも動かせるんだよ」

 大きいと言っても、太陽系より大きなダイヤモンドを地球に持ってきたらどんなことが起こるかまでは頭が回らない神であった。

「だけどね、速度がね。この宇宙では光速より速く物体を動かせないように創造主様がお作りになってるので……」

 何を言ってるかほとんど理解できないエリーであったが、ダイヤモンドが手に入らないことだけは分かった。

「神さまの嘘つき!」

「最初に言ってるでしょ。神様にも出来ることと出来ないことがあるって」

「やだ、やだ、やだ……」

 断られると、急にその願いに固執するのはエリーだけではない、人の性であった。だが、泣きじゃくり手足をバタバタさせて転げまわるその姿は、小学校高学年にしてはあまりに幼すぎた。

「そ、それじゃ、太陽系で一番大きなダイヤモンドならどうかな?
 埋め合わせといってはなんだけど、特別サービスで二人のお祝い用に二個にしちゃうから。確か、天王星と海王星の核がダイヤモンドだから。それを持ってくるなら造作もないよ。ただし、お時間は頂戴します。」

「二個?結婚式に間に合えばOKさ」

 先ほどまでの泣きじゃくりは、嘘のようにケロッとする現金なエリー。

「結婚式っていつ頃?」<太陽系の神>は尋ねる。

「う~ん」エリーは一生懸命計算をした。エリーの頭では、なぜか彼女は二十歳で結婚することになっていた。引き算すると、

「九年後!」

「九年後か、それなら楽勝、楽勝」

 <太陽系の神>はエリーの願いを受諾した。神が願いを受け入れると、それ以降宝玉に対して他の誰の願いも受け付けられなくなる。その証拠として宝玉は色を変える。最初は紫に、そして七色に変わり、成就の直前には真紅になる。
 宝玉は美しい菫色に色を変えた。

「ありがとう、神様!」

 エリーは嬉しそうに手を振り、夢の中から消えていった。


 エリーが目を覚ました時、夢の内容はすっかり忘れていた。ただ、何となく嬉しい気持ちだけが残っていた。

「おとうさ~ん!、すごく楽しい夢を見たの」

「どんな夢?」

「あれ?どんな夢だっけ……忘れちゃった」

 エリーは嬉しそうに笑っていたが、宝玉が菫色に変わっていることにはまだ気づいていなかった。


夢の続き

 アンクル・サム共和国の天文台では、そのころ天王星と海王星が公転軌道面から外れるという前代未聞の現象が観測され、大混乱に陥っていた。物理法則が通用しない、それだけなら学者の知的好奇心を刺激するだけで済んだかもしれない

 しかし、観測期間が短すぎて精密な予測は出来ないものの、九年後に二つの惑星が地球に相次いで同時に衝突する確率が80%を越えるとなると、これは人類全体の大問題であった。

 衝突まで九年。天文台の研究所長であるヘンリー・アルクトゥルスは、この事実を公表することに耐えられず、国家安全保障上の最高機密として、共和国大統領にすべてを委ねた。ホワイトハウスの地下会議室。報告を受けた大統領は、こめかみの汗を拭いながらヘンリーに尋ねた。

「最大級のロケットに核弾頭を積めるだけ積み込み、それをぶつけて、軌道を逸らすことはできないのか?」

「大統領、それは巨象に向かってハエが体当たりをし、象をひっくり返そうとするような話です」

 ヘンリーは力なく首を振った。

「ハエがどれほど決死の覚悟で突っ込んで破裂したところで、象は自分が何かにぶつかったことさえ気づかないでしょう。核爆発など、その程度の威力なのです。我々にできることは、ただ見守ることだけです」



 同じころ、南の島の民宿「ころぐら荘」では、エリーが台所から漂う香ばしい朝食の臭いで目を覚ましていた。窓の外には、真っ赤なハイビスカス、抜けるような青空が広がっている。

「おかあさ~ん! おなかすいた!」

 エリーがパジャマのまま階段を駆け下りると、食堂のテーブルには既に家族が揃っていた。台所では母親が手際よく卵を焼き、父親が新聞を広げ、その隣では幼い弟が姉を待っている。
 エリーがテーブルにつくと、一気に場が華やぐ。

「ねえ、聞いて! なんだか、お星さまにキラキラしたプレゼントが積まれて、やって来るような気がするの!」

 エリーが身振り手振りで話すと、父親が笑いながら皿を置いた。

「エリー、なんでそう思わけぇ?」

「なんでかねぇ、分からんさぁ。夢かなぁ、それとも予感かなぁ、私、なんだか世界で一番幸せになれる気がする!」

「「ははははは」」

 エリーの屈託のない笑顔につられて、父親も弟もおばあも、明るい笑い声を上げた。民宿の食堂は、朝の光と幸せな予感に満ち溢れている。



神々の居酒屋にて

 <太陽系の神>はエリーの願いを聞き届けた後、熱を出して三日間寝込んだ――というのはいささか人間的な表現になるが、大体それに近い状態であった。

(いや、惑星を動かすのがあんなに大変だとは。しかも地球より質量の大きい惑星二つ同時はさすがにきつかった。)

 エネルギーの消費量が半端なかった。

(質量換算で月半分くらいのエネルギー使ったんじゃないか)

 ようやく回復した頃、<太陽系の神>は、太陽の隣の恒星である<プロキシマ・ケンタウリの神>と人間で言えば居酒屋に当たる場所でくつろいでいた。<太陽系の神>は一仕事終えて上機嫌だった。

「いやー、『この世で一番大きいダイヤモンド』とか言われて、とっさの機転で願いを『太陽系で一番大きいダイヤモンド』に変えさせて助かったよ……
 アレ、ガチで受けてたらマジ、今頃死んでたよ。オレって、もしかして天才?神対応だよね!神だけに」

<プロキシマ・ケンタウリの神>は、じっと<太陽系の神>を見ている。

「お前、その子がいった『この世で一番』って、もしかして『地球で一番』って意味じゃね?」

 <太陽系の神>は、自分の仕事の出来栄えに満足してた所に、揚げ足取りのような指摘をされたと思い、気色ばんで反論した。

「はっ?何言ってんの?『この世で一番』っていったら、『宇宙で一番』ていう意味しか取りようがないでしょう」

「お前の目から見たらそうかもしれんが、その地球人にダイヤモンドが地球以外に存在するという知識はないと思う。だから、地球で一番大きなダイヤモンドを与えれば、その地球人の立場からすれば、願いが叶ったことになると思う」

「いや、そんな言葉のすり替えだよ。地球で一番大きいダイヤモンドより大きいダイヤモンドは現に存在する。嘘はいかんよ。嘘は」

「相変わらず面倒くさいやつだな。じゃ、論点を変えよう。その太陽系で一番大きいダイヤモンドってどのくらいの大きさなんだ?」

「地球の単位で言えば、長軸が三十キロメートルくらいかな。地球の直径のおよそ四百分の一位の大きさだ」

「それ、どうやってその子に渡すつもり?」

「どうやってって、地球までの軌道計算はしたから、エリーが結婚式を挙げる9年後には惑星ごと地球に届くはず」

「惑星ごと!?」

「中のダイヤモンドが壊れないようにね。俺って頭いいね!」

<プロキシマ・ケンタウリの神>は、それを聞いて人間で言えば、眉をひそめたような不快と怒りが多少混じった感情を覚えた。

「お前、少し前に地球に小惑星が衝突して、危うく全生物が絶滅しそうになったって、言ってたよね」

「ああ、あの時は恐竜が絶滅して大変だった」

「その時の小惑星の大きさは?」

「大体十キロメートル位かな。まあ、地球から見ればちっぽけな欠片だけど。地球はビクともしなかったし」

「天王星と海王星って地球より大きいんだよね」

「そうだけど、それがなにか?」

「衝突したら地球なくなるよ」

「なくなるかな」

「なくなるよ。マジで」

「そうしたら、その地球人も死ぬ。ダイヤモンドを受取れないよ」

「それは大丈夫、エリーには俺の加護があるからダイヤモンドを受取るまでは地球が爆発しようが太陽が赤色巨星になって、地球を飲み込もうが生きてるから」

「そういう発想かよ。地球、天王星、海王星、三つの惑星が同時に無くなるんだよ。人類も絶滅。お前この意味わかる?このこと創造主様に知れたら、お前殺されるよ」

 <太陽系の神>は、ここに至ってようやくことの重大性に気付いて、居酒屋で絶望の悲鳴を上げた。

「早く地球人の願いを変えるなりなんなりしろよ」

「いや、一度受諾した願いは、願った本人の自発的な意志でしか変えられない。そういうルールなんだ」

「誰も知らないから、願いを変えたって分かんねえって」

「何を言う。変えてはいけないというのは創造主様が決めた規則だぞ」

「そういうとこ、本当に融通きかないよね、お前。忠告するけど、今の話よそでベラベラ喋るなよ。誰の口から創造主様に伝わるか分からんからな」

「そうだな、オレも命は惜しいからな」

「そのためには、惑星の衝突だけは回避しろ」

「それは出来ん。願った本人でなければ願いは取り下げられん。規則は守らないと」

 <プロキシマ・ケンタウリの神>は、目の前の「隣人」の顔を忌々しげに眺めた。
 コイツが「完璧に仕事をこなした」と上機嫌で報告するたび、その裏でどれだけ俺が隠れて帳尻を合わせてやったことか。
 前回は「ママ、鬼になって」という幼児の鬼ごっこの言葉を文字通り受け取って、母親を金棒を振り回す鬼に変身させ大量虐殺を引き起こしやがった。
 しかし、今回ばかりはもうごめんだ。コイツが創造主様にバレて消去されようが、知ったことではない……だが、コイツのアホさに巻き込まれ、何も知らず絶滅させられる地球上の数多の生物たちは気の毒ではあるな。


 地球滅亡まで、あと九年。地球滅亡を前に、彼らはどう行動するのだろうか。夢の続きの物語はまだ始まったばかりであった。


こちらの企画に参加させていただきました。ありがとうございました。

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