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【アマノ文筆クラブ】ショートショート『狭き門をこじ開けろ!』プロローグ

プロローグ

 宇宙開発史上、最も過酷で奇妙な選抜試験が、NASA宇宙センターで極秘裏に進められていた。

 有人火星探査プロジェクト。その最終段階で直面した問題は、最新の人工知能が弾き出した「100パーセントの確率で発生するクルーの精神崩壊」だった。
 選ばれた候補者たち――特に徹底した欧米流の主体性と意思表示を武器に頂点へ登り詰めたアメリカ人エリートたちは、あまりに有能すぎた。他者を圧倒して自分の正しさを証明してきた強烈な個性。それは、火星への往復にかかる長き二年間、密室で四人が互いに牙を剥き続けることを意味していた。
 宇宙船内には個人スペースこそ確保されているものの、それは電話ボックス程度の狭い空間に過ぎない。この極限の閉鎖空間において、彼らの強烈なエゴと肥大化したプライドは逃げ場を失い、鋭利な凶器へと変貌する。

 NASA幹部の「他の候補生へメンバーの差し替えを検討せよ」という指示に対し、最新鋭のAIは絶望的なシミュレーション結果を返した。すなわち、欧米流の強烈な自己主張に染まった人間である限り、どのような四人を組み合わせようが、この狭い空間での二年間の共同生活は確実に破綻する。

 システムが出力した提案は、冷徹だった。

「四人のエゴを受け止め、摩耗を防ぐための『緩衝材』として、全く異なる素質を持つ五人目を加える」

 言い換えれば、その役割は他の四人を生かすための生贄であり、最悪の場合は本人は廃人にすらなりかねない危険性をはらんでいた。この非人道的な案の可否は大統領の元へと上げられ、秘密裏に承認されることとなる。――それは、アメリカ人枠を排除したいNASAにとって、願ってもない「条件」を伴うものだった。

「犠牲者にアメリカ人は困る。中間選挙に影響するからな」

 こうして、その追加枠はNASAを超え、同盟国のESA、JAXA現役宇宙飛行士すべてを対象とした、倍率百倍以上の「狭き門」となった。そもそも、宇宙飛行士の候補生自体が二千人に一人の超難関を通過したエリートなのだった。それは、オリンピックの金メダリストを百人集めて、そこからたった一人の合格者を選ぶような、過酷な競争率であった。

 だが、日本代表の高橋マモルは燃えていた。

「これほどの『狭き門』だ。生半可な努力ではこじ開けられない。とにかく、教官の言うことを一言一句すべてノートに書き留め、寝る間を惜しんで復習するんだ!」

 マモルは、絵に描いたようなガリ勉スタイルの努力を重ねていた。出された指示は絶対厳守。マニュアルは丸暗記。自分で新しい提案をする応用力は皆無だったが、言われた課題だけは寝食を忘れて愚直にやり抜いた。時には辛くて寝たいときもあったが、彼が信奉する熱血アニメの主人公のセリフを思い出し、自らを鼓舞する無邪気さだった。

「俺は今までよくやってきた!! 俺は言われたことは、どんなに辛くても辛抱できる奴だ!! そして今日も!!」

 しかし、最終面接はまさに「鬼の棲家」だった。他の候補者たちは一様に自己主張を貫き、面接官の批判に対して激しく反論した。アジアやヨーロッパから集まったきらめく才能たちは、圧倒的な熱量とディベートで鍛え上げた論理的な闘争心で、面接官を鮮やかに論破してみせた。みなが自分の有能さをこれでもかとばかりにアピールする。

 その中で、マモルだけが異質だった。

「高橋、君のIQや専門知識のスコアは……実に『そこそこ』だ。失礼ながら、天才である他の候補者と比べれば、平凡と言わざるを得ない」

 面接官の挑発的な言葉に、マモルは穏やかに微笑んだ。

「おっしゃる通りです」

 面接官たちは身構えた。ここからどんな反撃が飛んでくるのかと、全員が身を乗り出し、次の言葉を待ち受けた。
 ――が、何もなかった。
 一切の思考を放棄したような微笑みで、ただニコニコとしているだけのマモル。そのあまりの無抵抗ぶりに、面接官全員が肩透かしを食らいド派手にズッコケた。

 他の候補者たちは、自分の手に余るストレスフルな難問に対しても、そつなく受け流す技術を身につけていた。論理をすり替え、知的な闘争心を見せつけるのが欧米流の常識だ。だが、マモルは違った。

「火星への航行中、生存のために仲間の誰かを『排除』せねばならんとしたら、君はどう動く?」

 そんな意地悪な質問が飛んだ瞬間、マモルの脳内回路は火花を散らして焼き切れた。

「エエエエエーーッ!? 排除!? 仲間を、ですか!? エエエエエーーッ!!」

 静寂を貫く、突拍子もない絶叫。マモルは両手を頬に当て、漫画のようなオーバーリアクションで椅子から転げ落ちそうになった。面接官たちは絶句した。必死に論理的な回答を探そうとする知的な苦悶ではない。想定外の事態に「本気で驚いているだけ」の男。そのあまりの反応の鮮やかさに、用意していた追及の言葉を忘れ、面接官たちは一様に天を仰いだ。

「高橋……まだ質問の段階だ、落ち着きたまえ」
「おっしゃる通りです……エエエエエ……」

 もはや返答にすらなっていない。面接官たちは、こいつはとんでもない無能かと呆れ果て、最低の評価を付けた。
 しかし、NASAのAIだけは、このマモルの「全く裏のない、透明なまでのパニック」を、閉鎖空間における最高のストレス緩和剤として記録していたのである。

 最終選考。残ったのは、元特殊部隊の精鋭やノーベル賞級の科学者たち。だが、そんな怪物どもは、この場には履いて捨てるほどいた。AIが弾き出した最適解は……マモルだった。

「合格だ、マモル」

 思考停止に近い受動性。他者をいっさい疑うことを知らない純朴さと盲目的な同調性。そして、リーダーの指示さえあれば、何も考えず生き生きと働く生真面目さ。そのあらゆる特質が、今回のプロジェクトに隠された「裏のミッション」にピタリと符合したのだ。
 NASAが求めていたのは競争相手ではない。強すぎる個性を中和し、時にはそのエゴの掃き溜めとなってチームを支える――人を疑うことを知らない、最高に真面目な「衝撃吸収装置」だった。

 合格通知を掴み取り、マモルは男泣きに泣いた。

「やった……! やっぱり、努力は裏切らないんだ! 夜を徹してマニュアルを暗記した甲斐があったぞ!」

 一言一句を漏らさず記憶し、出された指示を完璧にこなす――それこそが合格への王道だと、マモルは自分の愚直な努力の成果を心の底から誇っていた。自分が天文学的な確率で選ばれた「人柱」だとは夢にも思わずに。

 だが、この結果に最も色めき立ったのは世界中のメディア、そして政治家たちだった。
 世界は彼が選ばれたからくりを知らない。アメリカが巨額の国家予算を投じた人類最大のミッションにおいて、なぜ最後の一人がアメリカ人ではなく凡庸な日本人なのか。世界中がこの人事に驚愕した。

 誰もが、強烈な「アメリカファースト」を掲げるあのスランプ大統領が、即座に異議を唱えて白紙に戻すだろうと考えた。しかし、ホワイトハウスは不気味なほど沈黙を保ち、スランプ大統領はただ一言、「完璧な人選だ」とだけ声明を出したのだ。

 世界は戦慄した。あの傲慢な大統領にそこまで言わせる高橋マモルとは、一体何者なのか。表向きのデータはカモフラージュに過ぎず、実はトップシークレットの超天才、あるいは特異な才能の持ち主なのではないか――。
 こうしてマモルは、全人類の熱い注目と、過剰な期待を一身に背負うこととなった。

 マモルは、百人の天才たちがこじ開けられなかった「狭き門」を、ピントのズレた努力と、たどたどしい謙虚さという鍵で、音もなく開けてみせた。

 だが、これは彼に課された過酷な「人間関係のミッション」の、幕開けに過ぎなかった。

続く

第一話はこちら


こちらの企画に参加させていただきました。ありがとうございました。

あとがき

 今年の2月13日に母が入院して以来、日々の面会や煩雑な事務手続きに追われる毎日を過ごしておりました。皆様からコメントをいただいても、すぐにお返事をする自信がなかったため、しばらくの間、Noteの投稿をお休みさせていただいておりました。
 母の葬儀が無事に執り行われ、ようやく一つの区切りがついたこのタイミングで、少しづつ企画に参加させていただきたいと考えております。
 これからも、四十九日や初盆の準備などで慌ただしい時期は続きますが、また少しずつ、自分のペースでぼちぼちと投稿を再開していければと考えております。
 今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。


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