見えない世界を難しくしないために
こんにちは。
芳昌です。
今日は少しだけ、目に見えない世界のお話を
したいと思います。
でも安心してください。
難しい話ではありません。
怪しい話でもありません。
私は昔から、目に見えない世界の話をする時ほど
現実から離れてはいけないと思っています。
なぜなら、私達は現実を生きるために学ぶのであって
現実から逃げるために学ぶのではないからです。
だから今日は、
「人も神仏もエネルギー体です」
というお話を
できるだけ分かりやすくお伝えしたいと思います。

なんとなく感じることはありませんか?
皆さんは、こんな経験はありませんか?
この人といると元気になる。
この人と話すと安心する。
この場所へ行くと落ち着く・・・
反対に、この人と会うと疲れる。
この場所にいると何だか重たい。
理由は分からないけれど、そう感じる・・・
私は長年、多くの方の相談を受けてきました。
そして思うのです。
人は言葉だけで生きているのではない。
目には見えなくても、確かに感じ取っているものがある。
それが私は「エネルギー」だと思っています。
昔の人は知っていました
昔の人は、
元気、病気、気力
気配、気持ち
という言葉を使っていました。
考えてみると不思議です。
どれも「気」という字が入っています。
昔の人は、目には見えなくても
人には何かが流れていることを知っていたのだと思います。
だから私は、
エネルギーという言葉を難しく考えなくていい
そう思っています。
人には人の空気がある。
それで十分なのです。
人には人の空気があります
優しい人には優しい空気があります。
穏やかな人には穏やかな空気があります。
感謝を忘れない人には温かい空気があります。
反対に、怒りばかり抱えている人には
怒りの空気があります。
不満ばかり抱えている人には
不満の空気があります。
もちろん人間ですから、
誰にでも怒る日があります。
落ち込む日もあります。
それは悪いことではありません。
でも・・・
普段どんなことを考え、
どんな言葉を使い、
どんな生き方をしているか。
それが少しずつ、その人の空気になっていきます。
そして、その空気は周りへ伝わります。
だから私は、
人もまたエネルギー体なのだと思っています。

神仏もまた大きなエネルギーです
私は真言宗の僧侶としても
長年、神仏に手を合わせてきました。
その中で感じることがあります。
神仏は、とても大きな存在です。
そして、とても大きな光です。
私達人間が持つエネルギーとは
比べものにならないほど大きく、温かく
力強いものだと私は感じています。
だからこそ、
人は苦しい時に手を合わせるのでしょう。
悲しい時に祈るのでしょう。
感謝したい時に手を合わせるのでしょう。
そこには理屈では説明できない安心感があります。
私は神仏とは、
私達を見守り続けてくださる
大きな光のような存在だと思っています。

人もまた光を持っています
でも私は、
神仏だけが光なのではないとも思っています。
人もまた光を持っています。
神仏ほど大きな光ではないかもしれません。
神仏ほど強い光ではないかもしれません。
それでも、
私達は確かに光を持っています。
私はそう思うのです。
輝きとは何でしょう
私は長年、多くの方を見てきました。
病気と闘っている人。
介護をしている人。
子育てを頑張っている人。
家族を支えている人。
仕事を一生懸命続けている人。
皆さん、自分では気づいていません。
でも私は
その姿はとても輝いていると思います。
なぜなら・・・
苦しみながらも生きているからです。
悩みながらも前を向いているからです。
転びながらも立ち上がっているからです。

その人の輝きは人生そのもの
世の中には、有名な人もいます。
成功した人もいます。
お金を持っている人もいます。
でも私は、
そんなことだけが輝きではないと思っています。
毎日家族のためにご飯を作ること。
仕事へ行くこと。
病気と向き合うこと。
人に優しくすること。
今日を一生懸命生きること。
その一つひとつが、
その人の光になります。
その人の輝きになります。
私はその輝きこそが、
その人が頑張って生きている証なのだと思っています。
神仏は立ち上がる人を見守っている
私は神仏を信じています。
でも、
神仏は魔法使いではありません。
願っただけで人生を変えてくれる存在ではありません。
むしろ私は、
立ち上がろうとする人を応援してくださる
存在だと思っています。
一歩前へ進もうとする人。
今日を生きようとする人。
諦めずに歩こうとする人。
そういう人に力を貸してくださる。
私はそう感じています。
仏様からいただいた言葉
以前、私は仏様から
「気づきと感謝のみ」
という言葉をいただきました。
私は今でもこの言葉を大切にしています。
気づくこと。
感謝すること。
それだけでも人は変わります。
そして・・・
その積み重ねがその人の空気になります。
その人の波動になります。
その人の光になります。
最後に・・・
神仏は大きな光です。
私達人間の何倍も何百倍も大きな光です。
私たち人間は
神仏の輝きには敵わないかもしれません。
でも・・・
私達もまた光を持っています。
苦しみながらも生きる。
悩みながらも歩く。
転びながらも立ち上がる。
人を思いやる。
感謝を忘れない・・・
その姿そのものが、
人としての輝きなのだと私は思っています。
だから私は、
特別な力を求めるよりも、
今日という一日を丁寧に生きたいのです。
今日出会う人を大切にする。
今日の自分を大切にする。
今日の命に感謝する。
その積み重ねが、
人としての光を育てていくのだと思います。
そして人生の終わりに、
「いろいろあったけれど、良い人生だった」
そう言える生き方こそ、
一番美しい輝きなのではないでしょうか。
人生を整える30日連載
次回は
「なぜ祈りは届くのか」
~祈りは現実逃避ではありません~
をお届けします。

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