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男の子だから?それとも。——11年前、私は「診断」という現実から逃げ出した

「男の子って、こんなに落ち着きがないものなの?」
私は女姉妹の中で育ちました。周りに男の子がいなかったから、比べる対象がどこにもなかった。
平成17年。元気に産まれてきてくれた息子を抱いた瞬間、胸の中は希望でいっぱいでした。
赤ちゃんの頃から、息子はよく眠れない子でした。夜泣きも長く続いて、眠れない夜を何度も過ごしました。それでも赤ちゃんだからと思っていました。
1歳半で保育園に入ると、息子はもうおしゃべりが得意でした。でもお友達はまだみんな言葉が出ていない時期で、「なんでお話ししてくれないの?」と不思議そうにしていました。言葉が早いことを知って、息子は心配無いと思っていました。
でもその希望は、少しずつ「違和感」という影に覆われていくことになります。
最初の決定的な違和感は、3歳の入学式でした。
体育館に並んだ小さな椅子。周りの子たちが緊張した面持ちで座っている中、息子だけがそっと在園生の元へ走り去っていきました。
ふと見ると、知らない在園生のお兄さんの手をつかんで、楽しそうに歌を歌っている。その無邪気な姿に、笑っていいのか、心配すればいいのか、わからなくなりました。
入園してからも、先生に「毎日一人でプレイルームを走り回っているのですが……お家でもですか?」と声をかけられる日々が続きました。
それでも私は自分に言い聞かせていました。
「女姉妹で育ったから、男の子のことをよく知らないだけ。きっとこれくらい元気なのが普通なのかも」
でも日常は、そんなふうに思えないことの連続でした。
水たまりのある季節は、毎日長靴を履かせて出かけました。それでも飛び込むのは止まらない。マンホールの蓋や縁石の淵は、踏まないと気が済まない。
駐車場で車から降りる時も、何度もやさしく伝えます。「走ったら危ないよ。わかった?」
息子は笑顔で「わかった!」と答えてくれる。
でも次の瞬間、ぱっと駆け出してしまう。
そして私に叱られた直後でも、私の母のところへ行って「ママまだ怒ってる?」と何度も確認していました。怒られたことよりも、私との関係が気になって仕方がない。今思えば、あの頃からずっとそういう子でした。
「この子には、私の言葉が届いていないのかな」
そんな不安を抱えながらも、私はただ「愛情」と「しつけ」で向き合い続けました。私がもっとそばにいれば、もっと丁寧に教えれば、きっと大丈夫。そう信じていたんです。
その頃から、息子の身体に小さなサインが出始めていました。
理由のない空咳。病院に連れて行っても先生からの言葉はあまり気にしないで下さいら。よくある事だから。と言われ私はその言葉に何も疑わず信じていました。
緊張すると股間を触ってしまう癖。ボロボロになるまでかみ続ける爪。

後になって知ったことですが、発達障害は産まれた時からあるものだそうです。あの夜泣きの夜も、入学式の日も、水たまりに飛び込んでいたあの日も、息子はずっとその子のままだった。私がそれに気づけなかっただけで。
「愛情さえあれば、きっと大丈夫」
そう信じ続けた私が、小学3年生で「ADHD」という診断書を手にして、そっと机の奥にしまい込んでしまうまで——。
ここから、私たちの長い11年が始まりました。

最後まで読んでくださりありがとうございます。
今振り返れば、あの時もっと早く向き合っていれば……という後悔しかありません。
20歳になった息子が自ら「病院に行きたい」と言うまでの空白の時間を、これから少しずつ書いていこうと思います。
もし、同じように「これって男の子だから?」と悩んでいるお母さんがいたら、コメントなどで教えてください。一人じゃないと思えるだけで、救われることがあります。


同じように #ADHD#育児の悩み を抱えている方とつながりたいです

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