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マッチョなヘラクレス 、モロー、スルバラン、カラッチ、ドゥルエのピロクテーテス

仏: Hercule (エルキュール)
ローマ神話 Hercules由来
Héraclès ギリシャ神話Herakles由来
英: Hercules(ハーキュリーズ)

12の難行  Douze travaux, Twelve Labours

罪を償い、不死を得るためにミュケーナイ王エウリュステウスから命じられた一連の試練。
ヘラクレスは最初は10の難行を達成しましたが、エウリュステウス王は2つの難行(ヒュドラ退治とアウゲイアス王の家畜小屋の掃除)を無効としたため、さらに2つの難行が追加され、合計で12の難行となりました。


1  ネメアーの獅子の退治

  * ネメアの地にいた、皮膚が石のように硬いライオンを素手で絞め殺す。

1545~65頃のタピスリ《Hercule et le lion de Némée Audenarde》

ルーヴルにて。ネメアーの谷の獅子とヘラクレス。Tapisserie, laine et soie
Attribuée par l'Office des biens privés


1853 開始、30年後に完成させたGustave Moreau, 《Les Filles de Thespius》  テスピオスの娘たち
1のリスクに対するリターン

モロー美術館にて

この作品の制作は1853年に開始されましたが、この神話の題材が猥褻だとみなされていたことから、絵画化されることは稀でした。テスピオス王は、領地を荒らしていたネメアのライオンを退治したお礼として、ヘラクレスに一晩で自分の娘五十人と交わる機会を与えます。ミケランジェロのような物思いにふける様子の英並ヘラクレスは、生の誕生への偉大な行為を始めようとしています。彼の体は、二つの性を象徴する太陽と月の姿の刻まれた二本の柱の間に位置しています。モローはこの図像を、生殖に対する神秘として捉え、〈男性の強い性、創造への賛歌〉であると表現しています。

館内の日本語キャプションより

初めて観た時に、「随分と異なる画風が一枚の作中にある、風変わりな作品」という印象を受けました。後からそれは、モローが約30年という長い期間をかけて、複数の段階で作品を制作し、かつ描法や解釈が変化したからだと知りました。美術館で得た本によると、30年後に「拡大された」とありました。真ん中の部分を完成させた後に、周りを描き足したと言うことと理解しています。真ん中と外側では異次元の作品になっています。
それにしても、長年に渡りヘラクレスを描いた、女性の苦手なモローの、漢らしさへの憧憬を感じ取れます。

戦利本より


2  レルネーのヒュドラHydra退治

頭を切り落とすと再生する多頭の毒蛇を退治する。(無効とされた難行の一つ)
ヒュドラは怪物テュフォンと、その妻エキドナの子。レルネーの沼地に棲んでいた、複数の頭を持つ巨大な水蛇(八岐、九頭のことが多い)。中央の一つの頭だけが不死身で息は猛毒。
ヘラクレスは切った首の傷口を火で焼くことで再生を防ぎ、不死の頭を巨大な岩の下に埋めて退治した。
その後、矢に毒を浸して毒矢を作った。

1634年 スルバラン "Hércules lucha contra la hidra de Lerna"

プラドにて、画像はwikiより

モロー

モロー美術館にて。画像は
https://uchuronjo.com/moreau/006_moreau_hydre_1876_plm152.html
より


Michiel van Orley工房のタピ

ストックホルム国立美術館にて。"Hercules and the drake of Lerna"タイトルでヒュドラは蛇ではなくドラゴンとされている。


3  ケリュネイアの鹿の生け捕り

アルテミス女神の聖獣である、黄金の角を持つ鹿を傷つけずに捕らえる。

クラナッハ Lucas Cranach the Elder《Hercules capturing the Ceryneian Hind》

wikiより


4  リュマントスの猪の生け捕り

エリュマントス山に住む巨大な猪を捕らえてミュケーナイに連れ帰る。


5  アウゲイアースの家畜小屋の掃除

何年も掃除されていなかったアウゲイアス王の家畜小屋を、一日で掃除し終える。(※無効とされた難行の一つ)

 これもこちらから


6  ステュムパロスの鳥退治

アルカディア地方ステュムパロス湖を荒らす、軍神アレスによって訓練された、青銅の羽毛を持つ人食いの鳥の群れを追い払うか、射落とす。

1909〜23年頃 ブールデル《Hérakles tue les oiseaux du lac Stymphale》

欧州のあちこちで見かけました。こちらは第2ver. とのこと。


7  クレタ島、牡牛の捕獲

クレタ島に放たれた狂暴な牡牛(父タウルス)を生きたまま捕らえて連れてくる。

こちらより


8  ディオメデスの人食い馬の捕獲

トラキアのディオメーデース王が飼っていた、人肉を食らう四頭の馬を連れ帰る。ヘラクレスは王を殺害し、馬達に餌食として与えた。馬達は大人しくなり、ヘラクレスに捕えられた。

1865年 モロー 『馬に喰われるディオメデス』

ルーアン美術館にて。Diomède dévoré par ses chevaux

Grand amateur de récits anciens, Gustave Moreau interprète l'un des douze épisodes de la légende d'Hercule. Assis dans l'ombre sur un des murs de la cour du palais d'Argos, le héros observe, impassible, une scène qu'il a lui-même orchestrée : le roi Diomède se faisant dévorer par ses propres chevaux. Le souverain est victime de sa cruauté, puisqu'il les avait rendus carnivores en les nourrissant de chair humaine. Sa fine couronne d'or roule à terre. Hurlant de douleur, il est soulevé du sol par leurs mâchoires puissantes et ensanglantées. Par le jeu d'une mise en scène et d'un éclairage théâtral, l'horreur macabre devient le sujet d'une glaçante chorégraphie.

アルゴス宮殿の中庭の壁に座り、日陰に身を置いた英雄は、自らが仕組んだ光景を、無感動なまま見つめています。それは、ディオメデス王が彼自身の馬たちにむさぼり食われているという光景です。この王は、馬たちに人肉を与えて肉食に慣らさせていたため、自身の残虐さの犠牲となったのです。彼の繊細な金の王冠は地面を転がっています。苦痛に叫びながら、王は馬たちの力強く血にまみれた顎によって地面から持ち上げられています。演出と劇場のような照明の効果によって、ぞっとするような恐ろしい光景は、凍りつくような主題へと変貌しています。
これに対する批評


9  ヒッポリュテーの腰帯の奪取

アマゾネス族の女王ヒッポリュテーが持つ、軍神アレスの腰帯を奪う。

こちらより


10  ゲーリュオーンの牛の奪取

西方のエリュテイア島に住む三つの体を持つ巨人ゲーリュオーンが飼う牛の群れを連れ帰る。


11  ヘスペリデスの黄金の林檎の奪取

世界の西の果てにあるヘスペリデス(ニンフ)の園から、不死の力を与える黄金の林檎を取ってくる。


12  冥府の番犬ケルベロスの捕獲

生きたまま、冥界の番犬である三つの頭を持つ犬ケルベロスを捕らえて連れてくる。

スルバラン

プラドにて


その他

1640年頃、ベルナルド・カヴァッリーノ『ヘラクレスとオンファレ』

国立西洋美術館にて。Bernardo Cavallino
Hercules and Omphale c. 1640


1545~65頃のタピスリ。
《Hercule tuant le monstre qui allait dévorer Hésione》

ルーヴルにて。ヘラクレスが海の怪物(ケートス)を退治し、生贄に捧げられそうになっていたトロイアの王女ヘシオネーを救出するという場面。一般的にはペルセウスとされている主題だが、ヘラクレスとして伝わっていることがある。


左アルテミス、中ガニメデ、右ヘラクレス

ジャックマールアンドレにて


1490年 - 1500年頃、Bartolomeo DI GIOVANNI
《テティスの行列》

ルーヴル、ナポリ展にて

ネレイデス(海のニンフ)であるテティスが、婚約者であるペレウスの元へと向かう、海上の護衛の行列が描かれています。テティスは、貝殻に乗って進む運命の女神(フォルトゥーナ)に先導され、その後に彼女の姉妹たち、海のヴィーナス、彼女の父であるポセイドン、そして海牛に乗ったエウロペが続きます。陸上では、半人半馬の賢者ケイローンが彼女を待ち受けており、その前には酔っぱらったヘラクレスがいます。


1596年、アンニーバレ・カラッチ『岐路に立つヘラクレス』

Annibal CARRACHE
Hercule à la croisée des chemins
Le héros Hercule hésite entre la vie de plaisirs que lui offre l'allégorie du Vice et le chemin ardu de la Vertu. Cette toile commandée par le cardinal Odoardo Farnèse provient de son palais à Rome. L'iconographie choisie par Fulvio Orsini, bibliothécaire et antiquaire du palais Farnèse, est adaptée du texte antique de Prodicos (Ve siècle avant J.-C.).


英雄ヘラクレスが、悪徳(Vice)の寓意像が提供する快楽の人生と、美徳(Vertu)の困難な道の間でためらっている様子を描いた作品。この絵画は、オドアルド・ファルネーゼ枢機卿の依頼により、ローマにある彼の宮殿のために制作されました。ファルネーゼ宮殿の図書館員兼骨董商であったフルヴィオ・オルシーニが選定した図像(イコノグラフィー)は、古代の著述家プロディコス(紀元前5世紀)の文章から採用されています。この作品は、人間が正しい道を選ぶ際の道徳的なジレンマを表現した、ルネサンス・バロック期の重要な寓意画です。


ヘラクレスやヴィーナス(アフロディーテ)、ディアーヌ(アルテミス)は、ヴェルサイユやルーヴルなど城や宮殿の天井や彫刻でよく見かけました。


ヘラクレスはヒュドラの血に浸された自身の弓と矢を、友人のピロクテーテスに遺贈した。


1788年 ジャン=ジェルマン・ドゥルエ『置き去りにされたピロクテーテス』

オルレアンにて、Jean-Germain DROUAIS (Paris, 1763 - Rome, 1788)  《Philoctète sur l'île de Lemnos》  ドゥルエの遺作。

1788年のサロン(展覧会)で賞賛を浴びたこの絵を完成させたばかりの24歳の若き画家は、同時期に、水疱瘡で急死したことにより、同世代全体にとって神話的な存在となった。1782年からはジャック=ルイ・ダヴィッドの工房に進み、ジロデ、グロ、ジェラールらと同時期に学んだ。
ピロクテーテスの足にヘラクレスの矢が落ち、潰瘍を引き起こし悪臭を放ったため、ギリシャ軍の兵士たちは彼をレムノス島に置き去りにした。
ドゥルエは、身動きが取れなくなったピロクテーテスを描き出すことで、神話のすべての要素を包含しています。同時に、英雄が矢で射止めた鳥の翼で傷口を扇いでいる様子を描くことで、彼の傷の悪臭を暗示している。古代への言及を強めるため、ドゥルエは登場人物にホメロスの頭部を与え、脚の姿勢は《トゲを抜く少年(スピナリオ)》から、顔の表情は《ラオコーン》から借用している。

11年後のゲランの作品。ライバルダヴィッドの愛弟子でしたが、サロンで大成功したドゥルエを参考にした可能性はないでしょうか?
シンプルな空間と劇的な光の中、孤独で苦悩する、硬直した英雄と言う構図が似ているように感じました。

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