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TOTOPAの再開

平日の夜に ふと、頭をスッキリしたくて、国立競技場のTOTOPAに行った

帰り際、エレベーターを降りると、階段から懐かしい声のトーン音高い男性の声がした

shinちゃん、、、?

黒いリュックを背負い、真っ直ぐの背筋でアイフォンで話しながら私の横を通り過ぎた長身の男性は、12年前の面影を残したshinちゃんだった

絶対に、振り返ったり、検索したりしてはならないとこれまで思っていたので、港区にいるとはわかっているが、すれ違ったり することもなかったのが特別だったのだろう。

12年ぶりに、shinちゃんの名前を検索してみたら、なんとIPOをしていた
今では100人以上の従業員を抱える株式会社のCEOになっていた。

12年前に立ち上げた猫の鳴き声みたいな会社は、姿をアップグレードして、医療系ベンチャーへと成長していた。

中身の無いキラキラメディアのインタビューで、昔話を ヤンチャしてた頃と語っていて、まあ、私との思い出は記憶から抹殺された事は理解していたが、
事業内容は当時の自己の葛藤がbaseになっているかのような語りっぷりだ。

「僕は仕事が出来ないんだ」
別れる時の吐きセリフだった

私はshinちゃんと付き合う直前まで、心の友というか、自分の身辺を心配して、気にかけてくれる同年代の既婚者男性がいて、その男性とは 日常生活に溶け込んだ連絡を取り合っていた。

shinちゃんと一緒にいるようになり、私の中にもshinちゃんに対する罪悪感と期待感が大きくなり、同時に心の友の男性の横柄さが目に付くようになり、その関係を自ら壊して終わらせた。

shinちゃんに対する期待が大きくなってしまったのか、
shinちゃんの理想や彼の取り巻きの 俺達 のネットワークのポートフォリオに
認められたかった

それがshinちゃんと この先の未来を一緒に描ける条件だと理解していた。

しかし、西麻布の俺達と、その彼女達の印象は、
慶應や外銀勤務、医者親の肩書き以上の文字は残らなかった。

そして、私のプロフィールは 西麻布の俺達の理想像の条件に合わなかったようだ。

キラキラメディアの中身の無いインタビューで、数年前に結婚して、彼女の要望をなんでも実現してあげていると語っていた。

15年前に出来なかったことも、今はやれるようになった。
メンタル崩壊した人に出会った経験が今の起業のキッカケになったとキラキラメディアに書いてあったのは、私へのリスペクトと前向きに捉えることにしよう。

全ての経験を価値のある想い出に変えて。

1年前よりも、昨日よりも、今日のshinちゃんは成長を継続しているのだろう。



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