モンゴル4日目🇲🇳最終日まとめ
① ウランバートルの歴史
ウランバートルという名前
ウランバートルは「赤い英雄」という意味。
「バートル」は英雄を意味し、「ウラン」は赤。
1924年に現在の「ウランバートル」という名前になった。それ以前は5回ほど都市名が変わっている。

ウランバートルの始まり
17世紀頃、ガンダン寺院が置かれ、周りの遊牧民たちが定住しだしたことが都市の始まり。
後に定住し、現在のウランバートルになった。
② 清朝支配と独立
モンゴル帝国が衰退したあと約220年間、モンゴルは清朝に支配されていた。
1911年に独立。
第8代活仏(ボグド・ハーン)が国家元首となる。
約10年間は宗教国家として政治が行われた。(10年だけ!)

③ 社会主義時代
独立運動
1921年にスフバートルらが社会主義運動を指導し、ソ連の支援を受け社会主義国家となる。

スフバートル
モンゴル独立の英雄。社会主義国家へ導いた。
現在もウランバートルの中心にあるスフバートル広場の名前の由来にもなり、銅像が真ん中にある
わずか30歳で亡くなった。(なぜ死んだかは諸説あり)
チンギスハンがいる広場の名前がスフバートル広場でいいのかという論争もあるそう。(チンギスハンの方がはるかに偉大だろ!という)

④ 宗教弾圧
1938年頃、スターリン体制の影響を受け、
約3万人の僧侶が処刑された。多くの寺院が破壊された。ガンダン寺も破壊され、建材がソ連へ運ばれ、観音様は軍の銃弾の材料のなってなくなった。
宗教を信仰したり仏教経典を持つことも命がけだった。
⑤ ガンダン寺
ガンダン寺は現在もモンゴル仏教の総本山。
特徴
5代目活仏様が建設し、8代活仏が視力回復を願って観音像を建立。
社会主義時代、宗教弾圧を受け破壊された後に1946年ごろ国連に登録されるために、「信仰の自由」を証明するために見せかけの寺院をもう一度建てた。アメリカ副大統領が来るのに合わせて。(本当は宗教は規制されている)。政府幹部やスパイが僧侶のフリをして副大統領を出迎えた。国連に登録されたのは1960年以降。先ほどのスフバートル広場も副大統領来国に合わせて作った。

民主化後には、
国民の寄付で新しい巨大観音像が再建された。
観音像の左は頭の良くなる観音様、右にはパワーの神様がいる


観音像の台座(ゲル)には社会主義時代に命がけで守られた仏教経典などが納められている。
現在は
仏教大学
僧侶の学校
ラジオ局
テレビ局
仏具店
カフェ
などが周辺地域にある。この辺は下水道が通っておらず、井戸水をプリペイドカードで買って自宅に持ち帰っていた。

街には占い師の電話番号がたくさん掲載されていた。占いも盛ん。


モンゴル国民は年に一度はこのお寺を訪れる傾向にあり、特に冠婚葬祭グッズの購入にきたり、お祓いや、願い事の際にかこつけて来ると言っていて、国民にとってもシンボリックで大切な場所。現在も国民の8割以上が仏教徒。
各寺院にはマニ車という、文字が読めない人、お経が唱えられなくても車を回せばお経を唱えたことになる便利なシステムがいろんなところに置いてあった。

ガンダン寺で唯一弾圧を受けても無くならなかった一本の柱があり、今でもその柱は国民は大切にしていて、3周回りながらお祈りをする習慣がある。

⑥ 民主化
1989年冬
民主化運動が始まり、
1990年に民主国家となった。
現在は民主主義国家として政治が行われている。
民主化運動の中心となった場所が
スフバートル広場(現チンギス・ハーン広場付近)。
⑦ スフバートル広場
ここは現在も
結婚式
卒業式
同窓会
などの集合場所。
モンゴル人にとって特別な場所になっている。
私が行ったときも、同窓会や結婚式で人が集まっていた。



⑧ 子どもを4人産むと勲章
モンゴルでは
4人以上子どもを育てた母親に
母親勲章
が授与される。
毎年6月1日(子どもの日)
大統領からスフバートル広場の国会議事堂で直接授与される。
⑨ モンゴルの自然史
自然史博物館では恐竜化石・隕石・古代生物・鉱石などを展示。
特に印象的だったこと
約7000万年前の恐竜化石がいっぱい出てくる。とくにゴビ砂漠は世界有数の恐竜化石発掘地で、ゴビの人たちは恐竜を見つけると一旦砂漠に隠して、お客さんが来た時に特別に見せてあげる謎のマウントを取るらしい。

ゴビは表面は砂漠しかないが、下には天然資源がたくさん。特にフローライトが最近注目されている。(VIVANTの話、ほんとだったんだ!!!)
タヒ(モウコノウマ)はモンゴル固有の馬のような動物で、一度は絶滅したが、国立公園・自然保護区域の中で、他のヨーロッパなどの動物園から再輸入して、少しずつ数を増やしている。
モンゴルは大きく4地域に分かれる
北:森林
東:山岳(狼みたいなでっかいシカとかもそっちにはいる)
中央:草原
南:ゴビ砂漠
休日になると、北側にある湖(名前忘れた)にウランバートルの人々はよく癒されにいく。

⑪ 遊牧文化
遊牧民は草の状態や雨量に応じて移動。(移動は県内に限る)
牧草が不足すると、県同士で放牧地を融通し合うこともある。(県を跨ぐことも)家畜は生活そのものなので、国も支援を行う。


⑬ モンゴル音楽
モンゴル民謡には
長い歌(長調民謡)
草原で歌われる。
短い歌
山や川のある地域の日常生活を歌う。
踊りには
馬に乗る様子
乳搾り
など、
遊牧生活の動きが表現されている。


一番印象に残った学び
遊牧民の移動範囲や営みの詳細が聞けて面白かった。遊牧民男性同士で、初めての挨拶の時はお互いの匂いを交換する儀式などがあるのも面白い。
あとは伝統芸能・モンゴル民謡を見れたのは感動した。昔ずっと見ていた観光の時代劇やキングダムの世界の踊りや歌が目の前にあった。元(げん)の世界がこの地にあったんだと思うと、ととてもロマンを感じだ。

