ミステリ作家としてのジョン・ラッセル・ファーン
『科学探偵 ブルータス・ロイドの事件簿』(文学フリマ40新刊)
訳者あとがきより抜粋・改稿
前置き
爬虫類館出版局は5月11日に開催される「文学フリマ東京40」で新刊『科学探偵 ブルータス・ロイドの事件簿』(ジョン・ラッセル・ファーン作)を頒布します。
ただ著者であるファーンについては、ごく一部のマニアしかご存じないのが現状です。そこで『ロイドの事件簿』の訳者あとがきの一部を抜粋・改稿して掲載し ファーンを紹介させていただくことにします。
1940年代~1960年代の三文小説界を乏しい才能と旺盛な創作力で駆け抜けた、ジョン・ラッセル・ファーンとは何者なのか?
「訳者あとがき~ミステリ作家としてのジョン・ラッセル・ファーンについて 」
皆様 大変お待たせいたしました。
あのジョン・ラッセル・ファーンのSFミステリ連作『科学探偵ブルータス・ロイドの事件簿』をお送りします。
いや、わかっています。「あのジョン・ラッセル・ファーンと言われたって、そいつは何処の馬の骨だよ。こんな小説を読ませやがって」という声が小生には聞こえます(笑)。
ではまず本作の作者であるファーンについて簡単なご紹介を。
ジョン・ラッセル・ファーンは誰が呼んだか「英国の愚作王」としてその名がSF界(のごくごく一部)になりひびいている作家です。
生没年は一九〇八~一九六〇 いまはもっぱらSF作家として記憶されていますが、ミステリからウェスタンまで、あらゆるジャンルを複数のペンネームを使って書きまくり、自らのペンネームを冠したVargo Statten British Science/Space Fiction Magazineの編集まで勤めた方です。生前は驚異の創作力を誇ったパルプ作家でした。
とはいえ作品数は多くても、日本にファーンの作品が紹介されることはありませんでした。そんなファーンの名前を一躍高めたのが、あの伊藤典夫のSFスキャナーでした。
SFスキャナーで紹介されたんならすごいんじゃないか、と思われる方もいるかもしれませんが、ファーンが紹介されたのは『底辺のSF』を紹介する回でした。曰く「あんまりばかばかしくて、かえって愛嬌があり、つい終わりまで読んでしまうような」作品を三作紹介した回のことなのです。
そこでファーンは「彼の名前がほとんど知られず、作品が一作も翻訳されないのは、要するに紹介するに値しない作家であるからにすぎない」と絶賛(?)されています。
因みにそこで紹介されたファーン作品『暗黒の永劫』は「おそろしくインチキな話」「よくもこんなばかばかしい話を書いたものだ」と絶賛されており、なんと後にSFマガジンに翻訳が掲載されました。他に訳すべき作品は幾らでもあったろうに、と我が身を省みず思いますが…
ちなみに『暗黒の永劫』を実際読んでみると、同作にはファーンなりの暗い詩情があり、ある種の感銘を私は感じました。私がファーンを読み過ぎたせいでしょうか…
そんなファーンですが怖ろしいことにSF作品の翻訳はこの一篇に留まりませんでした。
なんと『奇想天外』にも翻訳が掲載されたのです。タイトルは『恋人は宇宙海賊』(…) 同誌で5カ月続いた『SF怪作劇場』のうちの一作でした。
内容は…… 二十二世紀の或る日、宇宙警察の刑事がタイピスト(笑)の恋人から深刻な相談を受けます。最近、上司の課長を殺したくてたまらなくなった、というのです。(…) 慎ましい恋人を愛している刑事は心配して、彼女の両親に遺伝的な問題があったのでは、と尋ねます(…) 恋人は怒りもせず「優生学上の問題があれば両親は結婚許可証をもらえなかったはず」と答えます。しかし刑事はさらに恋人に問います。彼女が宇宙空間で産まれたので、宇宙線の悪影響でおかしくなったのではないか、と。それに対しても彼女は怒りもせず、いきなり「もういやんなっちゃった」と言って二人でショーを見に行くことにするのでした。バカップルですね。それにしても酷いやり取り(笑)
しかし翌日、宇宙刑事は仰天します。自分の恋人が本当に課長を殺し、宇宙船を奪って逃走、宇宙海賊になったのです!
その後この作は恋人の無罪を信じる宇宙刑事の孤軍奮闘が描かれえるわけですが、なぜ彼女が宇宙海賊になったのかについて、まるで理不尽で説得力の無い説明が最後になされ、読者以外の登場人物が皆それに納得して終わります。実はファーンのミステリ作品にも似通った展開の作品が多いのですが。ファーン作品の味わいが良く出た作と言えましょう。
実はその他にもう一作『宇宙の方舟』という作品が『SFマガジン』でひっそりと翻訳されています。なぜひっそりかというと作者の名義が「ジョン・コットン」なっているからですね。ファーンは激烈な創作量で知られていて、一つの雑誌に四つのペンネームで書いたりもしていたそうです。この作もファーンの筆とは気付かれずに訳出されたのかもしれません。日本翻訳史を探れば、そこにはまだ知られざるファーン作品が潜伏している可能性があるのです。なんと恐ろしい!
因みに『宇宙の箱舟』は、太陽系の太陽が爆発して地球が滅びる、というスケールの大きな短編です。ただ、とある天才科学者が太陽爆発を見越して地球脱出用のロケットを作っていたのです。造ってはいたのですが、誰も太陽が爆発するとは信じなかったので、その船に乗り込んだのはどうもろくでもない連中だった、というお話です。船長はロケットを安全なアルファケンタリウスに向け進めますが、乗組員から、遠いよ! 途中の天王星で降りようよ、太陽が爆発したんだから天王星も温かくなって住めるよ! と反乱を起こされるという話です。こんな人類なら滅亡したほうがいい、と思わせる一作でした。
SF界でそんな作品を華々しく量産をしていたファーンですが、その筆力、いや生産力にはSF界は狭すぎました。後述しますが、ファーンは戦前早い時期からミステリ界への進出を目論み、作品を執筆、売込をかけていたのです。
幸いなことに、日本ミステリ界には伊藤典夫の如き好きものがおらなかったのか、いやいたとしてもファーンのミステリ作品はそのレーダーに引っ掛からなかったのか、ファーンの翻訳はされないままでした。(おそらく何らかの形で作品の紹介はされていたのでは、と思うのですが本書の〆切までに見つけることは出来ませんでした)。幸運なことに、二十世紀日本ミステリ界にファーン作品の上陸はなかった、と言えると思います。(ファーンは複数のペンネームを使い分けていたので確証はありませんが…)
だが、二十一世紀、そんな風潮に異を唱える方々が登場します。ミステリの鬼 森英俊とアブラム・デヴィットソンを本邦に復活させた鬼才、殊能将之です。
殊能氏はその博識ぶりで業界に衝撃を与え続けたmercy snow official web siteで、ミステリ作家ファーンを紹介しました。現在は読書日記に収録されているそのブログを確認しますと、最初にファーンの名前が紹介されたのは二〇〇二年六月八日 「森英俊さんの紹介があまりにおもしろそうだったので、ジョン・ラッセル・ファーンのリプリントを買っちゃいました」との発言から始まります。この森氏のファーンの紹介というのが何処でなされ何処に掲載されたのか、特定出来てはいないのですが(識者のご教授を賜りたいと思います) おそらく本邦でミステリ作家ファーンが紹介された最初ではないかと思います。
実はミステリ作家ファーンが英語圏で再発見され、復刊され始めたのがこの時期でした。森・殊能両氏のファーン評価は英語圏での活動を受けてのものだったと思われます。
その後、同年九月四日に『刺青殺人事件』(The Tattoo Murders1940) を読んだとの記載があります。「クリシェとパターンだけで書かれたミステリ」との評価であり、「けっこう楽しめた」との言はありましたが「もっと読もうとは思わない」との記述でした。
実はそこで「わたしがミステリ雑誌の編集者なら、森英俊さんにジョン・ラッセル・ファーンの魅力を、柳下毅一郎さんにハリー・スティーヴン・キーラーの魅力を語ってもらう小特集を企画する」とかかれてもいたのです。恐らくこの時が、日本ミステリ界にジョン・ラッセル・ファーンが最接近した時だったでしょう。ただ有難いことに、その後ファーンのミステリを紹介しようという雑誌は現れず、ファーンの名前は再び忘却の中に消えたわけです。
それから二十年後、たまたま手にした『ブルータス・ロイドの事件簿』に衝撃を受けた蟻塚とかげという奴が、わざわざ私刊本を作らなければ、ファーンの名前は平和のうちに忘れられたままだったでしょう。罪深いことをする奴がいるもんです。
ただ、本書をお読みいただいた方は、ロイド博士ものが「クリシェとパターンだけ」で書かれているとは感じないだろう、と思います。いやはっきり言ってミステリというジャンルと混ぜてはいけない成分で出来ている破格作品と言っても過言ではないでしょう。
では殊能氏のファーンへの評価は間違っていたのか? というならそれがそうでもないのだ、と今私は思っています。
それはどういうことか?
実はファーンは自著の前書きで、最も好むミステリ作家としてジョン・ディクスン・カーの名前を上げており、自らのお手本としていたふしがあります。
そしてファーンの作品の多くは、蜜室ミステリであったり、不可能犯罪を扱ったりしているのです。そのため密室ミステリガイドブックであるロバート・エイディーの『Locked Room Murders』やフランスの『99 chambres Closes』にもファーン作品は紹介されています。
カーを愛読するZ級パルプ作家! 果たしてその作品はクリシェとパターンで書かれたものなのか? それともロイド探偵物の如き過激作なのか?
それを確かめるべく、膨大な数のあるファーンのミステリから「密室」「不可能犯罪」要素のある作品を選んで読んでみました。以下に詳述します。
(後略)
皆さまいかがでしょう。
これでジョン・ラッセル・ファーンを読みたくてしょうがなくなった、という奇特な方がいらしたら
ぜひ5月11日開催の文学フリマ東京40
東京ビッグサイト 南3・4ホール くー64
爬虫類館出版局までお越しください。
https://c.bunfree.net/p/tokyo40/48788
お待ちしております。
