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八月の底に沈む音

昭和五十年の八月一日、私は十歳で、鳴石島へ向かう連絡船の甲板にいた。

船は白い腹を小さくきしませながら、伊豆の沖合へ進んでいた。港を離れると町の音はたちまち遠くなり、代わりに、エンジンの低いうなりと、船べりを叩く波の音ばかりが大きくなった。海は青いというより、どこまでも深いガラスみたいだった。そこへ太陽が割れて、きらきらした破片をいくつも浮かべていた。

母は家のことでしばらく忙しくなるから、夏休みのあいだだけ私は母の姉のところへ預けられることになった。母の姉、つまり小夜おばさんは、鳴石島で「浜月荘」という小さな民宿をやっている。私はその名前を聞くたびに、月が浜に落ちて、砂に半分埋まっているところを想像した。

鳴石島は、地図で見ると小さな豆粒みたいな島だった。けれど船が近づくにつれて、豆粒はだんだん大きくなり、黒い岩肌と、白い防波堤と、緑の山と、屋根の低い家々に分かれていった。港の背後には急な坂道があり、家はその坂にへばりつくように建っていた。まるで島全体が海に落ちないように、みんなで必死にしがみついているみたいだった。

連絡船が港に着くと、小夜おばさんが麦わら帽子を片手に立っていた。

「香澄ちゃん、こっちこっち」

おばさんは私の名前を、海へ投げるように呼んだ。私が船から降りると、潮の匂いが急に体の中へ入ってきた。東京の空気には、こんなに強い匂いはなかった。魚、油、日なたのロープ、濡れた木箱、岩に残った海藻。その全部をまとめて、夏と言っているみたいだった。

浜月荘は港から少し坂を上がったところにあった。木造二階建てで、玄関のガラス戸は開けるたびに、からからと古い音を立てた。畳の部屋には扇風機が一台あり、首を振るたびに、ふう、ふう、と眠たそうな風を吐いた。窓の外には港が見えた。防波堤の上を子どもが二人走っていて、その影が白いコンクリートの上で細長く揺れていた。

「八月いっぱい、ここが香澄ちゃんの部屋ね」

おばさんはそう言って、押し入れから薄い布団を出した。

その日の夜、私はなかなか眠れなかった。天井の木目を見ていると、島がまだ波に揺れているような気がした。遠くで犬が吠え、どこかの家のテレビの音が一瞬だけ聞こえ、やがて消えた。海は夜になっても眠らなかった。暗いところで、大きな生きものみたいに息をしていた。

翌朝、私は六時に起こされた。

「ラジオ体操、行くよ」

おばさんは当然のように言った。私は目をこすりながら外へ出た。朝の島は、まだ誰かが薄い水で洗ったあとのように涼しかった。港の前の広場には、子どもと大人が合わせて二十人ほど集まっていた。ラジオから音楽が流れ、みんなが同じように腕を伸ばした。私は動きを少しずつ遅れて真似した。

体操が終わると、首にカードを下げた男の子が私を見て言った。

「よそから来た子だろ」

「うん」

「泳げる?」

「少し」

「じゃあ、防波堤の向こうはまだ行くなよ。あそこは底が急に深くなるから」

男の子はそう言うと、私の返事も待たずに走っていった。日焼けした肩が、朝の光の中で魚みたいに光っていた。

その子の名前は透といった。私より一つ年上で、島の診療所の子だった。診療所といっても、古い家の一室に薬棚と診察台があるだけで、看板の字は半分かすれていた。透はいつも裸足にサンダルで、島の道を誰よりも速く歩いた。どこにカニがいるか、どの木にクワガタが来るか、潮が引いたときだけ通れる岩場がどこか、彼は全部知っていた。

「鳴石島って、なんで鳴石なの」

三日目の午後、私は透に聞いた。

私たちは港の裏手にある黒い岩場を歩いていた。岩はごつごつしていて、ところどころに小さな潮だまりがあった。そこには透明なエビや、小さな巻き貝や、青く光る魚の子どもがいた。私は潮だまりをのぞくたびに、空を逆さまに閉じ込めた小さな世界を見ているような気がした。

「石が鳴るから」

透は簡単に言った。

「石が?」

「うん。岬の先に、穴のあいた大きな石があるんだ。風が強い日に、ぼうって鳴る」

「ふうん」

「でも、八月の最後の日だけ違う音がする」

「どんな音」

透は少しだけ黙った。それから、まじめな顔で言った。

「誰かが名前を呼ぶみたいな音」

私は笑おうとした。でも笑えなかった。透の言い方が、冗談を言っている人のものではなかったからだ。

それから私は、毎日のように島を歩いた。

午前中は虫取りをした。山へ続く細い道には、クヌギの木が何本もあって、樹液の匂いが甘く漂っていた。カナブンは宝石みたいに緑色で、ノコギリクワガタは鋏を振り上げて怒った。透は虫を捕まえるのがうまかったけれど、捕まえたあとはたいてい逃がした。

「持って帰っても死ぬだけだから」

そう言う透の横顔は、少し大人みたいだった。

昼は民宿に戻って、冷たい麦茶を飲んだ。台所では小夜おばさんが魚をさばいていて、包丁がまな板を叩く音が涼しかった。宿には、ときどき東京から来た家族や、釣りをしに来た男の人たちが泊まった。大人たちは夜になると瓶ビールを飲み、将棋を指し、港の噂をした。

「来年には道路がもう少し伸びるらしい」

「便利になるのはいいけど、静かじゃなくなるね」

「若いのはみんな外へ出るしな」

私はその言葉の意味を半分も分からなかった。ただ、大人たちが未来の話をするとき、どうして少し寂しそうな顔をするのか、不思議だった。

午後は海で泳いだ。はじめのうちは浜の浅いところだけだったが、透に教わって少しずつ深いほうへ行けるようになった。海の中は、外から見るよりずっと賑やかだった。岩のすき間から魚が出入りし、海藻がゆっくり揺れ、光が水面で砕けて、海底にゆらゆらした網目を落としていた。

ある日、私は海底で青いビー玉を見つけた。

それは瓶のかけらや貝殻の間に埋まっていた。拾い上げると、ビー玉の中には小さな泡が一つ閉じ込められていた。まるで昔の息がそのまま残っているみたいだった。

「それ、流れ玉だな」

透が言った。

「流れ玉?」

「海から流れてきたもの。島の子はそう呼ぶ。どこから来たか分からないものは、みんな流れ玉」

私はビー玉を日にかざした。青い光が私の手のひらに落ちた。その光を見ていると、知らない町の空まで見えるような気がした。

「持ってていいの」

「海がくれたなら、いいんじゃない」

透はそう言って、また海へ潜った。

八月十日を過ぎるころには、私は島の時間に慣れていた。朝はラジオ体操、午前は山、昼は麦茶、午後は海、夕方は港、夜は絵日記。毎日同じようで、毎日少しずつ違った。昨日はいなかった猫が魚屋の前で寝ていたり、いつも閉まっている雑貨屋の奥から三味線の音が聞こえたり、港の水の色が日によって緑にも灰色にも見えたりした。

十五日の夜、港で小さな盆踊りがあった。

広場に裸電球が吊るされ、太鼓の音が海へ転がっていった。私は小夜おばさんに浴衣を着せてもらった。紺色の浴衣には白い朝顔が散っていて、帯を締めると少し息がしにくかった。

透は浴衣ではなく、いつもの半ズボンだった。

「踊らないの」

私が聞くと、透は首を振った。

「見てるほうが好き」

「どうして」

「踊ると、終わるから」

変な答えだった。でもその夜の私は、なんとなく分かる気がした。輪の中に入って踊れば楽しい。けれど楽しいものは、始まったぶんだけ終わりに近づく。遠くから見ているあいだは、まだ終わらない。

盆踊りのあと、私たちは防波堤に座ってラムネを飲んだ。ガラス瓶の中でビー玉がからから鳴った。透は水平線のほうを見ていた。

「八月三十一日、鳴石を聞きに行くか」

「最後の日?」

「うん。朝じゃなくて、夕方。日が沈む少し前」

「本当に名前を呼ぶの」

「分からない。でも、そう聞こえる人もいる」

「透は聞いたことあるの」

透はラムネを一口飲んだ。

「一回だけ」

「誰の名前だった」

彼は答えなかった。ただ、瓶の中のビー玉を鳴らした。からん、と小さい音がして、そのまま波の音にまぎれた。

八月の後半になると、私は日焼けして、鼻の頭の皮が少しむけた。小夜おばさんは私を見るたびに笑った。

「すっかり島の子だね」

そう言われると、私はうれしかった。でも同時に、胸の奥が少しだけ痛んだ。私は本当は島の子ではない。八月が終われば船に乗って帰る。浜月荘の部屋も、港も、防波堤も、透も、私の日常ではなくなる。

二十六日の午後、透が私を古い魚見小屋へ連れていった。

魚見小屋は岬の途中の崖の上にあった。昔、魚の群れを見つけて港に知らせるために使っていたらしい。今はもう誰も使っておらず、木の壁は潮風で白っぽくなっていた。中には壊れた椅子と、古い双眼鏡と、破れた網が置かれていた。

窓から海を見下ろすと、防波堤も、港も、浜月荘の屋根も、小さな模型みたいに見えた。

「ここから見ると、島って小さいね」

私が言うと、透はうなずいた。

「でも、歩くと広い」

「うん」

「子どもには広い」

その言葉を聞いたとき、私はなぜか泣きそうになった。島が小さいことを知ってしまう日が、いつか自分にも来るのだと思った。今はどこまでも広いこの島が、大人になったら、地図の上の小さな点になる。そのことが、急に怖かった。

二十九日の夜、台風の端が島をかすめた。

雨戸を閉めても、風は家のすき間から入り込み、廊下でひゅうひゅう鳴った。海は真っ暗で、窓の外から波が岩にぶつかる音だけが聞こえた。宿泊客はなく、小夜おばさんは早めに雨戸を見回り、台所でラジオを小さくつけていた。

私は布団の中で青いビー玉を握った。ビー玉はひんやりしていた。外では島全体が風に揺れているようだった。私はこのまま島が海に流されてしまうのではないかと思った。

翌朝、台風は過ぎていた。

港には流木や海藻や見たことのない瓶が打ち上げられていた。空は嘘みたいに晴れていた。透と私は浜を歩き、流れ着いたものを拾った。片方だけのサンダル、外国語の書かれた洗剤の容器、割れた浮き玉、赤い櫛。

私はその中に、小さなアルミの弁当箱を見つけた。ふたは錆びていて、開かなかった。透はしばらくそれを見ていた。

「それ、海に返そう」

「どうして」

「誰かのものかもしれないから」

「でも、流れ玉でしょ」

透は首を横に振った。

「持ってていいものと、返したほうがいいものがある」

私たちは弁当箱を波打ち際に置いた。次の波が来て、それを少し動かした。もう一度波が来て、弁当箱はくるりと向きを変えた。まるで自分で帰る方向を探しているみたいだった。

そして八月三十一日になった。

朝のラジオ体操では、いつもより人が少なかった。夏休みの最後の日だから、みんな宿題をしているのだと誰かが言った。私はカードに最後の判子を押してもらった。赤い丸が八月の終わりを告げていた。

昼、小夜おばさんはそうめんを茹でてくれた。氷水に沈んだそうめんは、白い魚の群れみたいだった。私はいつもよりゆっくり食べた。食べ終われば午後になる。午後になれば夕方になる。夕方になれば、夏休みはもう片方の足を九月へ入れてしまう。

夕方、透と私は岬へ向かった。

道は山の中を通っていた。蝉の声が降るように鳴っていたが、どこか弱くなっていた。葉の影は長く、風には少しだけ秋の匂いが混じっていた。私はポケットに青いビー玉を入れていた。歩くたびに、それが太ももにこつこつ当たった。

岬の先に、鳴石はあった。

それは大人の背丈ほどもある黒い岩で、真ん中に丸い穴が開いていた。穴の向こうには海が見えた。夕日はもう水平線の近くまで落ちていて、海は金色と紫色の間で揺れていた。

「ここ」

透が言った。

私たちは岩の前に座った。風が吹くたびに、穴の中で低い音がした。ぼう、ぼう、と腹の底に響く音だった。

「これが鳴石の音?」

「まだ」

透は海を見たまま言った。

しばらく何も起きなかった。私は膝を抱え、夕日が少しずつ欠けていくのを見ていた。帰りたくないと思った。明日になってほしくないと思った。けれど、そんなことを思っても、太陽はちゃんと沈んでいく。子どもの願いくらいで止まるものではなかった。

そのとき、風向きが変わった。

鳴石の穴を、海からの風がまっすぐ抜けた。音がした。さっきまでの低い音ではなかった。もっと細く、もっと遠く、誰かが長い廊下の向こうから呼んでいるような音だった。

かすみ。

そう聞こえた気がした。

私は息を止めた。透を見ると、彼も目を伏せていた。彼には何と聞こえたのだろう。聞きたかった。でも聞いてはいけない気がした。

音は一度きりだった。風はまた向きを変え、鳴石はただの黒い岩に戻った。夕日の最後の光が海へ沈み、島の影が濃くなった。

「聞こえた?」

透が言った。

「うん」

「誰の名前だった」

私は少し考えた。

「私の名前」

透はうなずいた。

「じゃあ、島が覚えたんだ」

「何を」

「香澄がここにいたこと」

私はポケットから青いビー玉を出した。夕暮れの光の中で、それはほとんど黒く見えた。私は鳴石の下にある小さなくぼみに、そのビー玉を置いた。

「置いていくの?」

透が聞いた。

「うん」

「いいの?」

「島にもらったから」

透は何も言わなかった。ただ、少し笑った。

翌朝、私は連絡船に乗った。

小夜おばさんは港で手を振っていた。透は防波堤の上に立っていた。私は船の甲板から二人を見た。船が動き出すと、防波堤は少しずつ遠ざかり、透の姿は白い線の上の小さな点になった。

「また来るよ」

私は声に出した。でもエンジンの音と波の音に消されて、たぶん誰にも届かなかった。

島は遠くなるにつれて、一つの形に戻っていった。港も、坂道も、浜月荘も、魚見小屋も、鳴石も、全部が緑と黒と白のかたまりになった。やがてそれは、海に浮かぶ小さな豆粒になった。

私はそのとき初めて、夏休みが終わったのだと思った。

それから長い時間が過ぎた。

鳴石島へ戻ったのは、私がもう大人になってからだった。連絡船は新しくなり、港にはコンクリートの大きな待合所ができていた。浜月荘はもう民宿をやめていて、玄関のガラス戸には白いカーテンが引かれていた。坂道には見覚えのない家が増え、雑貨屋は自動販売機の並ぶ空き地になっていた。

それでも、海の匂いは同じだった。

私は夕方、ひとりで岬へ向かった。道は少し荒れていたが、鳴石は昔と同じ場所にあった。黒い岩の穴の向こうに、海が見えた。

私は岩の下のくぼみをのぞいた。

そこに、青いビー玉があった。

本当に私が置いたものなのか、それとも誰か別の子どもが置いたものなのかは分からなかった。けれどビー玉の中には、小さな泡が一つ閉じ込められていた。昔の息のような、八月の残り火のような泡だった。

風が吹いた。

鳴石が、ぼう、と低く鳴った。

私は目を閉じた。名前を呼ぶ音はしなかった。けれど、それでよかった。島はもう私の名前を呼ばなくても、私がここにいたことを知っている。

昭和五十年の八月は、どこにも残っていない。

けれど、海の底にはまだ、あの日の光が少しだけ沈んでいる。
防波堤の白さも、ラムネ瓶の音も、透の横顔も、麦茶の冷たさも、夕暮れの鳴石も、全部が沈んでいる。

私はビー玉を元のくぼみに戻した。

そして、もう一度だけ海を見た。

夏は終わったあとで、いちばん夏になる。
そのことを、私は鳴石島で知った。

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