朝8時の美術館は、商店街の奥にある
12個か。
12個ね。
12個。
よく考えたら、一パック超えてるじゃん。
それが全部、トーストの上に乗るのか。
「一日一個」
そう言われて育った私の脳内で、母の鬼のような顔がよぎる。
心の中で手を合わせる。
ママ、ごめん。今日だけだから。
えへっとごまかして、朝8時の開店に間に合うよう電車に乗った。
車内には、まだ朝なのに、もう疲れ切った顔のサラリーマンたちが揺られていた。
リュックを抱えたままウトウトしている人。
覆いもせずに大きなあくびをする人。
退屈そうな顔でスマホを眺める人。
それを横目に、私は卵のことばかり考えていた。
最寄駅で降り、改札を出る。栄えている方とは反対の、商店街へと進んだ。
まだほとんどの店はシャッターを降ろしていて、薄暗かった。
そんな中、うどん屋だけがぽつんと明かりをこぼしていた。
店前のベンチに座って、おじさんやお年寄りが黙々とうどんをすすっている。
出汁の香りがふわりと流れてきた。
朝ごはんに、うどん。
かなりいい。
足先がうどん屋の方を向く。
でも、私の今日は和食じゃない。
足先の向きを戻し、商店街の奥へ進んだ。
商店街の奥へ、さらにその先へとずんずん進む。
本当にこの先にあるんだろうか。
そう思い始めたとき、その店は突然現れた。
青い建物に赤い屋根。ペンキをぶちまけたような派手な模様。
まるでゲームの世界から飛び出してきたような店だった。
席に着くなり、私は迷わず“狙いの品”を注文した。
時間がかかると言われたので、メニューを読みながら待つことにした。
どのページにも目を引くものがあった。気づけば最後のページまでたどり着き、
もう一度最初のページを開く。その時だった。
階段を上る足音が聞こえた。
「お待たせしました。BIGBANGです」

そう。
私が頼んだのは、宇宙の始まり―――
え、デカすぎん?
思わず笑ってしまった。
卵12個。厚さ7センチの極厚トースト。
数字だって覚えている。
でも。いや、これは。
画面越しでは見知っていたのに、初対面。
さっきまで広々としていた机が急に狭くなる。
目を逸らしても、気づけば視線はまた戻る。
BIGBANGに見入っていた。
「お姉さん、それ絶対食べられないからこれ使ってね」
店員さんの声ではっと我に返る。
指さされていたのは、アルミホイルだった。
どうやら食べきれなかった分は、包んで持ち帰る前提らしい。
改めてBIGBANGを見つめる。
この迫力を収めなきゃ。私はカメラを構えた。
全体が入るように。
厚みが伝わるように。
真上から。
斜めから。
向き合って。
カシャ、カシャ、カシャ。
でも、全然違う。
目の前ではこんなに堂々と君臨しているのに、写真になると急に猫をかぶる。
あの「うわっ」はどこに消えたのさ。
手を添える。
ミニサラダを近づける。
アルミホイルをそばに置く。
ダメだ。違う。伝わらない。何枚撮ってもまるで別人だった。
写真の中のBIGBANGは、ちょっと大きめなトーストにしか見えなかった。
諦めよう。私はスプーンを手に取った。
……とは言うものの、どう食べる?どう食べるのが正解だ?
トーストの上には卵サラダが、これでもかという量で積まれている。
崩れないのが不思議なくらいの、奇跡みたいなバランスだった。
パンを持ち上げれば、今にも雪崩が起きそうだ。
もう、ここから攻めるしかない。
スプーンを入れる。
卵
卵
卵
すくいすくえど、まだ卵。
食べても食べてもまるで景色が変わらない。
ようやくパンの表面が見えた。やっとだ。パン!
見た目では分からなかったけれど、パンには三等分の切れ込みが入っていた。
こういう親切設計も、食べ進めて初めて気づく。手でつかんで持ち上げる。
サクッ。
もっちり。
じゅわーーー。
写真では分からなかった。外はカリッとしているのに、中はふっくらもっちり。
噛むほどに弾力が出てきて、まるでお餅みたいだった。
切れ込みの間にはバターがたっぷりと染みていた。
ひと噛みするたびに塩気と油がじゅわっと広がる。
これも、外からは見えなかった。
途中で、パンの真ん中が沈んでいることに気づく。
そうか。卵が重すぎるんだ。
ふと、側面のアルミホイルが気になった。少しだけめくる。
途端に、卵サラダが崩れそうになる。
あ。
このギンギラにも意味があったんだ。卵の山を支える補強材だった。
もう一つ気づく。
これだけ香ばしく焼かれているのに、トーストの表面が妙にきれいだ。
焦げがほとんどない。たぶん、焼きすぎた部分を落としている。
一つ気づくたびに、また別の気になることが出てきた。
後で知ったのだけれど、この店は現役探偵がやっているらしい。
通りで。
BIGBANGには事件性があった。
写真では何度も見ていた。でも、実際に食べるまで知らなかった。
卵の重さで沈んだトースト。
パンを支えるアルミホイル。
焦げを削る手間。
写真では見えていなかったものが、次々と見つかった。
気づけば私は、食事ではなく鑑賞していた。
あ、そういうことか。
今まで、ずっと不思議だった。
「どうして人は美術館へ行くんだろう」
写真もある。
動画もある。
口コミだって読める。
それで十分じゃないかと思っていた。
でも、違った。
卵の数も、トーストの厚さも知っていた。
写真も見ていた。
レビューも読んでいた。
それでも私は、目の前のBIGBANGを、本当の意味では何も知らなかった。
画面越しでは感じられない圧がある。
近づかなければ見えないものがある。
目の前にして、はじめて気づけることがある。
そのために人は、わざわざ足を運ぶんだ。
気づけば皿は空になっていた。
食べきれるわけがないと思っていたのに。
帰り道、私はもう次のメニューのことを考えていた。
キングギドラか、ドラゴン殺しか。
ああ。
これが芸術か。
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