僕と脂肪
僕と脂肪
第一章 出会いは突然に
気づいたら、そこにいた。
それが僕と脂肪との出会いだった。恋愛のような胸のときめきは一切なく、ある日鏡の前に立ったとき、「あれ、お前いつからそこにいるの?」という、不法侵入者に対するような気持ちだった。
脂肪は挨拶もせず、許可も取らず、僕のお腹まわりに静かに移住してきた。しかも一人ではなく、気づけば家族連れだった。
第二章 名前をつけてみた
あまりに長く一緒にいるので、僕はある日、腹の脂肪に「タロウ」と名付けることにした。
「タロウ、今日も元気だな」
鏡に向かってそう話しかける自分に、若干のヤバさを感じながらも、僕とタロウの奇妙な同居生活は続いていった。
ちなみに二の腕についた分厚めの脂肪には「ジロウ」、そして最近発見された背中の脂肪には「サブロウ」と命名した。もはや大家族である。
第三章 タロウの成長記録
タロウは、僕がラーメンを食べるたびに、心なしか嬉しそうに育っていった。
「今日は替え玉までいったな。よし、任せろ」とでも言いたげに、タロウは静かに、しかし確実にその存在感を増していく。僕が油断してソファでゴロゴロしている間、タロウは着実に領土を拡大する。まるで大河ドラマの野心家武将のようだった。
一方、腕立て伏せを三回やっただけで満足していた僕は、明らかにタロウとの体力勝負に負けていた。
第四章 ダイエット、決意の朝
「よし、今日から本気出す」
これは僕が人生で最も多く発した言葉ランキング、堂々の第一位である。統計を取ったら、僕はおそらく年間で三百六十五回、この台詞を口にしている。
つまり毎日決意して、毎日タロウに敗北している計算になる。タロウはきっと、この「決意する僕」を見るのが日課の楽しみになっているに違いない。
第五章 ジムという名の観光地
一念発起してジムに入会した僕は、初日だけ本気を出し、筋肉痛という土産を持って帰宅した。
二日目、その筋肉痛を言い訳に、僕は自宅で「休養」という名の脂肪への貢物を捧げた。ポテトチップスという名の貢物である。
三日目以降、ジムの会員証は財布の奥で静かに眠りについた。今では月会費だけを律儀に払い続ける、僕とジムの奇妙な片思い関係が続いている。ジムにとって僕は、幽霊部員ならぬ「幽霊会員」なのだろう。
第六章 タロウ、反撃する
ある日、僕は一念発起して、ついに三日間の糖質制限に挑戦した。
初日、タロウは静かだった。二日目、タロウは少し痩せた気がした。そして三日目の夜、僕はコンビニの前で、まるで台風の目に吸い込まれるかのようにレジへ向かい、肉まんを二個購入していた。
タロウの逆襲は、僕の意志力よりも、いつも一枚上手だった。
第七章 それでも共に生きていく
長い付き合いの中で、僕はある結論にたどり着いた。
タロウを完全に追い出すことは、たぶん無理だ。でも、タロウと適度な距離感で付き合っていくことならできるかもしれない。毎日ちょっとだけ歩く。ラーメンの替え玉は月に一度まで。そんな、ゆるやかな停戦協定を結ぶことにした。
タロウも心なしか、少しだけ大人しくなった気がする。気のせいかもしれないが。
終章 僕と脂肪
思えば、脂肪ほど正直な同居人はいない。
僕が怠けた分だけ増え、僕が頑張った分だけ、ほんの少しだけ痩せる。嘘をつかず、忖度もせず、ただひたすら僕の生活習慣を映し出す鏡のような存在。
タロウ、ジロウ、サブロウ。彼らとの戦いは、たぶん一生終わらない。それでも僕は、今日も「明日から本気出す」と鏡に向かって呟くのだった。
― 完(たぶんまだ続く)―
