我流で生きて来たら、こうなった笑
結果…今に至るのである。。
親にも色んなアドバイスを受けたが、興味のある事は右耳に留め、惹かれない事は左耳へ受け流した。
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子供〜10代の頃、父と兄がやっている事を真似する癖があった。
その一つがグリップ。
握力を鍛えるアレである。
バネの弱いものから始め、次第に強いものへとランクアップして来た。
その結果、握力だけは無駄に強くなり、骨太になり、指もよく鳴るようになった。
白魚の手?それは完全に別世界の話である。
そのお陰?で、小中と、腕相撲大会は男の子に勝って、一位🥇だった。
初めに相手の力を見て、消耗させた後、一気に奪いに行く。
男の子の喧嘩には割って入る。
小学高学年の時のあだ名は、
『マイク・タイソン』笑
母は、複雑だったようである。
家では大人しくしていたが、とにかく制限だらけだった。
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大抵の子供達は、そこで諦めるか、大人しくするのだろう。
しかし!私は違った。
「家庭内での縛りがあるなら、外で好きにしよう!」
そんな思考へと傾いたのである。
悪さをしていた訳ではない。
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ただ、その「興味あるかないか」で動く性格は、時々ちょっとした騒ぎも起こした。
例えば階段。
普通は一段ずつ降りるものだが、なぜか私は「上からまとめてジャンプした方が早い」と思ってしまい、実行したことがある。
結果、軽く捻挫して親に怒られた。
当然である。
さらに、手すりを見るとつい滑りたくなり、シューッと降りては先生に注意される日もあった。
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小学生の頃には、数個のねずみ花火に火をつけた時、まさかの不良品だったのか、くるくる回らず隣家へ飛んでいったこともある。
父が慌てて水を持って謝りに行っていた。
私は横で見ていた。
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寮生活の頃の夏には、どうしても花火がしたくなり、部屋で線香花火をしたことがある。
静かにパチパチと光っていて、綺麗だなぁと思っていた、その時。
「ジリリリリリリリ!!」
火災報知器が鳴った。
「うわっ!ヤバーーッ!((((;゚Д゚)))))))」
と思ったが、時すでに遅く、寮母さんにしっかり怒られた。
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そんな感じで、悪さをしているつもりは全くなかった。
ただ、目の前の“面白そう”に素直だっただけだと思う。
しかし私は、自分の好きな物や、興味がある事への関心は、揺らがなかった。
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ある日、学校の美術の時間に、デザイン画を描く授業があった。
私は晩御飯の後、父や兄と遊ぶ中でやっていた花札をモチーフに描いた。
先生は私の所でピタッと足を止めた。
『…しずくさん、これは?』
「花札をモチーフにしたデザインです。菊に盃をテーマにしました。」
先生『…お家でやってるの?』
「はい。父と兄とで」
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授業参観で後ろに飾られ、帰り道、母親に
『なんで、よりによって…』
そう嘆かれたが、どこ吹く風であった。
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「自分でゴールテープ切りたい!」
結果、短距離走一位。
「誰よりも、向こうに飛びたい!」
結果、走り幅跳び一位。
「誰よりも、高く跳びたい!」
結果、走り高跳び一位。
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そんな感じの学生であり、単に好きか嫌いか、興味あるかないか、それしか考えない単細胞だったのである笑
よって、興味ない事は、左耳へと流されて…流されまくりでもあった。。
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大人になってからも、私の我流は残念ながら?笑 続いた。
なんせ、咄嗟の言葉が浮かばない。
ある時、お風呂上がりにピンポンが鳴った。
『〇〇便でーす。荷物届けに来ましたー!』
(あわわわ💦どうしよう)
「すみません、あの、今、お風呂上がりで、服着てないので出られないんです!」
そう言ってしまった訳で。。
宅急便の方は
「あっ、そ、そうなんですね💦また改めて来ます!!」
と帰っていった。
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翌日、再配達して下さったお兄さんは、少し恥ずかしそうだった。
しまったなぁ…と思ったが、時すでに遅しである。
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その話を学校から帰って来た娘に伝えた時、
『は?バカじゃないの?笑』
『そりゃ、服着てないとしてもよ?
言い方ってあるでしょうが!』
『例えば、〝すいません、ちょっと今、手が離せなくて”とか、〝ちょっと、バタついてて〜”とかさー。言い様があるじゃん!』
と、めちゃくちゃ正論で怒られ?呆れ?られた。
そう言われて、はっ!?Σ(’◉⌓◉’)
なるほど! と思った訳である。
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結局、好きなことだけ拾って生きてきた結果がこれである。
まぁ、いいか笑
