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不幸の手紙を燃やした日


子どもの頃。

学校には、その時代ならではの流行りものがあった。

その一つが、

「不幸の手紙」

だった。

届いたら、同じ内容の手紙を5人に送らなければならない。

送らなければ、不幸が起こる。

守れば、幸運が訪れる。

そんな内容だった。

当時、教室はちょっとした騒ぎになっていた。

『え……どうしよう』

『誰に送る?』

本気で怖がっている子もいた。

それぞれが、誰の机に入れるか考えていたらしい。

そして、ある日。

私の机の中にも、その手紙は入っていた。

読んだ。

そして最初に思ったこと。

「……で?」

だった。

いや、待て待て。

不幸を誰かに渡したら、自分だけ助かるって何なん?

そもそも。

不幸って、回すものなの?

私の中では、そこだった。

怖いより先に、疑問が出た。

だから私は、5通書かなかった。

親にも言わなかった。

先生にも言わなかった。

そのまま焼却炉へ持って行った。

そして、棒でしっかり燃えるところまで押し込んだ。

心の中で思った。

「不幸よ、燃えろ!」

今思えば、なかなか強い小学生である。

でも、本当に怖くなかった。

呪われるかもしれない、よりも、

「なんでこんなものを作るんだろう?」

の方が大きかった。

その時の私は、不思議なものを否定したかったわけではない。

ただ、自分で納得したかった。

私は昔から、そんなところがあった。

先生が言ったから正しい。

みんなが怖がるから怖い。

そういう判断を、あまりしなかった。

「なんで?」

が先に来る子どもだった。

机の中の思い出もある。

今ほど先生が細かく机の中を確認する時代ではなかった。

教科書を忘れていないかを見るくらい。

だからなのか。

時々、机の中には謎のものが入っていた。

ある日。

見慣れないものを見つけた。

「……何これ?」

周りの子に聞いた。

でも誰も何も言わない。

ただ、男の子たちがニヤニヤしている。

余計に分からない。

だから私は先生に聞いた。

先生は顔を真っ赤にして、

『俺が捨てておくから』

と言って、急いで持って行った。

私は最後まで、

「???」

だった。

今思えば、先生も困っただろうなと思う。

コックリさんが流行った時も同じだった。

周りの子が、

『動いた!』

『怖い!』

と言っている横で、

(いや、誰か動かしてない?)

と思っていた。

でも、だからといって何でも笑っていたわけではない。

見えないものを面白半分で馬鹿にすることと、

疑問を持つことは違うと思っていた。

そんな性格は、人との関わりでも出た。

小学生の頃。

体育館裏で、女の子が別の女の子をいじめている場面を見た。

砂利や汚れた土の上に正座させ、命令していた。

私は一人で、その場に行った。

そして言った。

「そんなことすんなよ」

仲が良かったわけでもない。

でも、目の前で起きていることが納得できなかった。

後から、その子には家庭で抱えていたものがあったと知った。

そして高校生になり、その子と友達になった。

普通なら、ならないのかもしれない。

でも私は、その子を「いじめをした子」だけでは見なかった。

その子の中にも、別の部分があると思った。

その子は後から謝ってくれた。

『あの時の自分はどうかしていた』

『むしゃくしゃして、ターゲットを探していた』

そう言った。

私は答えた。

「分かった。言わないよ」

でも、最後に伝えた。

「ただ、やったことは消えないよ」

「あの子が学校に来なくなったきっかけが、自分だったことは忘れないで」

許すことと、なかったことにすることは違う。

振り返ると。

私は昔から、周りと少し違うところがあったのかもしれない。

天然。

大胆不敵。

繊細。

そんなことを大人から言われた。

でも、自分ではよく分からなかった。

ただ、

「なんで?」

が多い子どもだった。

そして、その部分は大人になった今も変わっていない。

noteを書いていても思う。

フォロワーを増やすために書く。

流行っているから書く。

みんながやっているからやる。

もちろん、それが合う人もいる。

でも、私はどうしても型にはまるのが苦手だった。

私は、自分が書きたいと思ったことを書く。

読んでもらえたら嬉しい。

でも、誰かが決めた形に自分を合わせるより、

「これを書きたい」

という気持ちを大事にしたい。

つまり……

私は自由🗽に書きやす!!🤣

小学生の頃、不幸の手紙を焼却炉に入れた私と、

今、好き勝手にnoteを書いている私は、

たぶん根っこの部分では変わっていない。

今日も私は、

「それ、本当にそうなの?」

と一度考えてから、自分の道を進んでいる。

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